When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

30-day song challenge

世間の流行などにはとんと疎いので今さら知ったのだが、30-day song challenge なるものがあるさうですね。 1 日 1 つ、お題に沿った歌を舉げるチャレンジで、twitter で流行したらしいが、 ブログでネタにしてゐる人もゐる。

わざわざ自分が書かずとも、この程度のことは誰かが書いてゐるだらう、 との思ひが邪魔をし、 音樂の話をあまり積極的に書くことができずにゐるので、 ここはひとつ、それを題材に書いてみようかと思った。

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で、ひとつ目のお題、 a song you like with a color in the title を見て、 色なら Mingus の Orange was the color of her dress, then blue silk かな、 いやでも a color ぢゃなく two colors になっちゃってるな、とまで考へて、 もっと根本的な理由で、それ以降をやる氣が失せてしまった。

だって、そもそも Orange was the color of her dress, then blue silk は song なのか?

おれの英語力は人樣に誇れるやうなものではないが、それでも、song を「曲」と譯してしまふのには違和感がある。 だって、例へば Beethoven のどの曲が好き?って英語で訊くとして、 「Which Beethoven song do you like the best?」とは訊かんだらう。 Beethoven song って云はれたら、第九しか思ひ浮かばないよ。 Beethoven の「曲」といふなら、piece とか work とかでせう。

一旦氣になってしまふと、もうだめだ。 音樂には歌が入ってゐるもの、といふ固定觀念が無批判に世間で共有されてゐるのかとげんなりする。

もちろん、實際にはきっとそんなことなくて、 song と書かれてゐても歌の入ってゐない曲と歌の入ってゐる曲を區別なく選んでゐる人だってゐるだらう。

でも、さういふ話ぢゃないんだよ。 なんで song って單語にして、それが受け容れられてるの?って、どうしても考へてしまふ。

おれは、仕事をしてゐないときはほぼ音樂を聽く生活を送ってゐるが、 その中で、歌の入った曲が流れる時間は、かなり少ない。 歌の入った曲の多くは單純な造りをしてゐて、 何十囘と聽かずとも腦に記憶され、そのためにローテーションから外されるからだ *1

それに、何度も書いてゐるやうに、 おれは「歌詞」といふものにほとんど注意を拂ってゐない。 だから、歌のある音樂だらうと歌のない音樂だらうと、 そこに大きな差はなく、 だからこそ、單純な曲の多い歌入りのものはあまり聽かなくなってしまった。

もう 1 つ、現實的な問題もあって、 おれは歌の入ってゐない曲のタイトルが全然憶えられないのである。 クラシックの曲なんてひどいもので、 正直、誰の曲かすらわかってゐない曲がたくさんある。 指揮者や演奏者ごとにまとめて聽くからだ。 例へばこの前、Untitled Goose Game といふゲームを友だちに誘はれてやったのだが、 「あ、この BGM 知ってるぞ」とは思ったものの、 それが Debussy の Minstrels であることは、 うちにあるピアノ曲集をいくつか聽くまでわからなかった *2

だから、このチャレンジのやうに、お題を與へられたとして、 曲自體は頭の中に流れるが、それがなんといふタイトルなのかはわからないことが多い。

もしかして、song 縛りなのは、おれと同じやうに、 歌が入ってないとタイトルぱっと云へないよ!って人が多いからなんですかね。 だとしたら、世間は思ったより親しみやすいものなんですが。

*1:買ったものを滿遍なく聽きたいので、おれはローテーションを組んで音樂を聽いてゐる。

*2:Untitled Goose Game のサントラとして Debussy を使ふにあたっての工夫は、 The Verge の記事 に詳しい。