When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Ben Varian: One Hundred Breakfasts With The Book

少し前の記事に年始は少し忙しかったと書いたのだが、 何をしてたって、昨年の新譜をチェックしてゐたのである。

といふのも、昨年はクラシックばかり聽いてゐて (ボックスで買って、全部聽き込む所爲)、 新譜といふものをほぼチェックしなかったのだ。

音樂好きとして、これはいかんと思ひ、 年末から年始にかけて、いろいろなところで發表される best of 2020 に目を通し、 氣になるものをチェックして、とやってゐたら、えらく時間が經ってしまった。

毎年、一番ありがたいのは Boomkat のランキングで、 これの何がありがたいって、Boomkat がランキングを出すわけではなく、 Boomkat がいろんなアーティストにランキングを訊いて、それを發表する形式であることだ。

best of 2020 のやうなランキングを發表するのは、大抵が音樂雑誌かレコード屋のサイトで、 音樂雑誌もレコード屋も一人でやるものではないから、 そこで發表されるランキングは、合議制によるものといふか、 どうしても「多くの人に好まれるもの」が載りやすくなる。

でも、Boomkat のものは個人のランキングの寄せ集めなので、 知らないアルバムがわんさか出てくる。これは實にありがたいことだ。

例年は自分の好きなアーティストのランキングだけ見るのだが、 今囘のものは新譜チェックをサボってすみません!といふ思ひも込めて、片っ端から見て行った。

うん、まあ、無理。多すぎる。

で、途中で諦めたんだけど、たくさんチェックすると、それだけでわかることもある。 おれが氣づいたことの 1 つは、「もうリイシューもの以外は bandcamp だけチェックしとけばよくね?」である。

そんなわけで、今年はそこそこ熱心に bandcamp daily をチェックしてゐる。

そんなおれの、今のところ今年一番のおすすめがこれ。

このアルバムのなにがすばらしいといって、その 70 年代エミュレーション技術だ *1

といって、70 年代に發表されてゐれば全く違和感なく溶け込むかといふと、そんなこともない。

その 1 つの原因は、このアルバムは 1970 年(1968 年ぐらゐかもしれない)から 1978 年ぐらゐまでを包括的にエミュレートしてゐるからだ。 1978 年にリリースされるにはちと古いし、1970 年にリリースされるには新しすぎる。 さういふ、70 年代のどこ、と明確に決め難いアルバムなのだ。

そしてもう 1 つの原因は、エミュレート技術が高すぎること。

このアルバムは、聽いてゐて「さうさう、70 年代の音樂はそこでさういふ音が入るんだよ!!!」 と感じ入る瞬間がたくさんあるのだが、 さういふエッセンスを拔き出せるのって、當事者ではないんだよね。 傍目八目といふ言葉があるけれど、 このアルバムは高い分析力によって切り取られた 70 年代エッセンスの詰め合はせなので、 70 年代に作らうと思って作れるものではない。 さうした部分は、大滝詠一の音樂に似たところがある(比べるには大滝さんが偉大すぎるけれども)。

Wouldn't It Be Nice の輕いプログレ感(The Beach Boys のカヴァーではない)。 Portraits & Statues のモンド感。 ギターのカッティングとキメがいかにもな Teardrop。 いかにもといへば、Goodbye Scoundrels のギターや I'm Listening のキーボードはあんまりにも 70 年代すぎて思はず笑ってしまふほど。 全體的になんらかの樂器がメロディに寄り添ってゐるのも、現代ではあり得ず、愛ほしい。

Ben Varian はこのアルバム以外にもいろいろアルバムを出してゐるが、これがダントツでいい。 ほかのはどうしても、個人録音の限界が感じられる。 個人録音や宅録が惡いと云ひたいわけではなく、 Ben Varian の高いエミュレート技術は、やはりそれなりの環境や技術がなければリアライズできないもので、 このアルバムは Johnny Kosmo といふ專門のエンジニアがついてゐることが大きいやうに思ふ。

録音の登場以降、音の響きが音の流れと同じく重要な要素になった、といふ見解は何度も書いてゐるけれども、 Ben Varian のアルバム群は、それを實感させてくれる好例である。 假令、曲自體が 70 年代風であっても、音が 70 年代風でなければ、70 年代っぽく聞こえはしないのだ。 Ben Varian のこのアルバムと他のアルバムを聽き比べれば、それがよくわかる。

70 年代のポップスが好き!といふんでなければ、このアルバムはピンとこないかもしれない。 だから、萬人に向けておすすめできるわけではないし、萬人に理解されるアルバムでもないだらう。 でも、さういふのをさらっと紹介してくる bandcamp daily は要チェックですよ。これだけは間違ひない。

*1:直接は關係ないのだが、岡村靖幸の Super Girl といふ曲 ──City Hunter のやつ──は、もう曲名からも明らかだが、非常に優れた Stevie Wonder エミュレーションなのでは?と最近氣づいた。いやまあ、エミュレーションといふほど Stevie Wonder なわけではなく、Stevie Wonder 要素多いっすね、ぐらゐのものだが。