When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

JPEGmafia: LP!

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Ornette Coleman の代表曲、Lonely Woman が收録されたアルバムには、 『ジャズきたるべきもの』といふ、實にかっちょいい邦題がつけられてゐる。 が、おれはこれを誤譯だと思ってゐる。

もともとのアルバムタイトルは、The Shape of Jazz to Come だ。 しかし、『ジャズ來るべきもの』といふタイトルは、「ジャズ=來るべきもの」としか讀めず、 それだと「これからジャズが來るぜ~」みたいな意味になってしまふ。

Ornette Coleman がこのアルバムを發表した 1959 年は、 「これからジャズが來る」時代ではない。 なんせ、1959 年はジャズ史に殘る大傑作、Miles Davis による Kind of Blue が出た年で、 ジャズはまさに成熟のときを迎へんとしてゐたのである。

だから、Ornette Coleman が云ひたかったのは「これからのジャズはかうなる!」といふことであり、 アルバムタイトルは、『來るべきジャズの形』と素直に譯されればよかったはずだ。 事實、Ornette が提示したジャズの形はフリージャズといふ一大潮流を産み、 それは今に至るまで續いてゐる。

かういったものをこそ「前衛」と呼ぶのだとおれは思ふ。 「前」であるからには、その後に續く者が出なくてはならない。 單に人と違ふ奇抜なことをやったからといって、 それがすべて前衛になれるわけではない。

例えば 20 年前、Autechre の音樂は確實に異質であった。 それが今や、當時の Autechre のやうな音樂は當たり前に存在する。 なんなら、そこに歌まで入ってしまふ。 Autechre が前衛的であるといふのは、さういふことだ。

さて、JPEGMafia といふ、巫山戲た藝名を持つヒップホップアーティストがゐる。 彼の名が廣く知られるやうになったのは、2018 年のセカンド、Veteran からである。

その JPEGMafia が今年リリースしたアルバムこそ、LP! だ。 これは彼にとって 4 枚目のアルバムであり、また、ユニバーサル傘下である Republic から出る最後のアルバムでもある。

JPEGMafia 的に、このアルバムはかなりしんどい状況で制作されたやうだが *1おれからすれば、これぞ The Shape of Hip-hop to Come である。

このアルバムに入ってゐる曲は、どれも普通のヒップホップではない。 1 曲ごとにいろんなアイディアが散りばめられてゐるし、1 つとして同じものはない。

なのに、奇を衒ったものだといふ印象は全くない。 恐らく、ここに提示されてゐるヒップホップの形は、 將來的に特に珍しいものでもなくなるだらうと豫感させる力がある。

今のところフィジカルでのリリースがなく、 bandcamp、YouTubeSoundCloud のヴァージョンと、 Spotify を始めとするストリーミングサービスでのヴァージョンとに異同があることも (前者は offline version、後者は online version と名付けられてゐる)、 無料で最高音質のものがダウンロードできてしまふことも、 來るべきリリースの形と云はんばかりだ *2

本來なら、1 曲づつレヴューでも書くべきなのかもしれない (それこそ、Veteran のときの ele-king のやうに)。 だが、おれの感想文など讀む暇があったら、とにかくこのアルバムを聽いて、 リアルタイムで前衛に触れられる歡びを味はってほしい。 なかなかできる經驗ぢゃありませんよ。

ところで、收録曲の中の GOD DON'T LIKE UGLY!Im a young frank Zappa って詞があるのには少し驚いた。ヒップホップの人でも Frank Zappa 聽くんですね。

*1:でかいレーベルからアルバムを出すのはかなりのストレスだったらしく、 bandcamp のページには「やっと自由だ!」みたいなことがつらつらと書かれてゐる

*2:尤も、かうした形式でのリリースは現代でもさう珍しいわけでもないが