When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Kanye West: My Beautiful Dark Twisted Fantasy

ドラゴンボール Z の ED 曲って、こんなベースかっこよかったのか! と衝撃を受けたのは、昨日のことだ。

先日、全音源の販賣を停止してしまった Stephan Mathieu のアルバムのサポーターの中から、 なんとなく日本人っぽい人の名前を見つけたので、 その人のコレクションを覗いてゐたら、 やる夫(ビート会議)と DJ badboi のスプリットカセット『ス​ー​パ​ー​ギ​ャ​ル​ズ 〜​ウ​チ​ら​極​上​DJ​伝​説​〜』 なるものを見つけた。

やる夫なんて名前で活動してる人がゐるのかよ、と思って聽いてみたら、 これが古い(といっても、昭和末期ぐらゐ)日本の曲によるミックステープで、 和モノ DJ なる人たちがゐることをここで知った。

で、A 面を擔當してゐる DJ badboi 氏の別のアルバム『秘密の道具箱』を聽いてみた、といふ流れ。

アルバムの中身に驚かされたのは最初に書いた通りだが、 ジャケットにも驚かされた。 なんと、日本人なら誰でも知ってゐる『日ペンの美子ちゃん』を描いてゐる人だといふではないか(6 代目らしい)。 しかも、その仕事をすることになったのは、パロディである『日ポン語ラップの美ー子ちゃん』を描いてゐたからだとか。

そんなこと書かれたら、氣になるぢゃないですか、『日ポン語ラップの美ー子ちゃん』。

で、twitter や pixiv で公開されてゐるものをいくつか讀んでみました。

おもろい!  もともと日本語ラップに詳しかった作者が、 數年前の日本語ラップが流行った時期に慌てて公開したらしいが、 確かに中身はマニアック(日本語ラップで何がメジャーかなんて知らないが、「マキのペニ皮」は確實にメジャーではあるまい)。 にも拘はらず、ミスマッチなはずの昭和末期少女漫畫の繪柄を使ふことで、逆におもしろおかしく日本語ラップを紹介することに成功してゐる。 おれもこんな風にスマートに自分の好きな音樂を紹介したい…。

でも、讀んでみて、やっぱりなと思った部分もある。 タイトルが『日ポン語ラップの美ー子ちゃん』だから當たり前といへば當たり前なのだが、 書かれてゐるのはラップの話ばかりで、音樂の話はほぼ皆無なのだ。 「ラップが今日本でもっともまともな音楽よ」って云ってるのに、音樂の話はなし!

これはかつて、Kendrick Lamar のすごさがわからず、 ググったときの不滿と同じものだ。 誰も彼も、Kendrick Lamar のリリックがすごい!って話しかしない。アホかよ。

何度も書いてゐる通り、おれは音樂において歌詞はほぼ價値のないものだと考へてゐる。 歌詞がわからずともいい音樂はいいし、クソな音樂はクソだ。

ラップを用ゐる音樂は、その特性上、歌詞が非常に大きく扱はれるが、 ぢゃあ英語が堪能かんのうでなければ、 Kendrick Lamar や Kanye West のすごさはわからないのか?

全然そんなことはない。 おれのやうに、歌詞を全くといっていいほど聽かない人間にすら、 彼らの音樂のすばらしさはわかる。 といふわけで、Kanye West のすごさについて、ちょっと書く。

ヒップホップとは、もともと他人の音樂を借りてきて(サンプリングして)作られる音樂である。 現代はヒップホップも非常に發展してゐるため、 他人の音樂を借りるのではなく、自前で優れたトラックを作ってゐる人たちもたくさんゐる (おれの大好きな clipping とか)。

しかし、Kanye West のすごさは、 サンプリングチョイスの見事さと、それらの組み合はせ方のうまさである。 とにかく、Kanye West は素材の選び方がうまいし、 その素材を使ふ構築力もずば拔けてゐる。

Kanye West に特徴的なのは、メジャーな曲でも全く氣にせずサンプリングしてしまふことだ。

例へば、Kanye West の名を一躍有名にした Jay-Z の Izzo (H.O.V.A.)

この曲でサンプリングされてゐるのは、 R&B やソウルにそれほど詳しくなくても知ってゐる超有名曲、 Jackson 5 の I Want You Back だ。

まあ、この曲でのサンプリングはまだ地味だ。 超のつくほど有名な曲ではあるが、Michael Jackson の歌が入ってゐる部分ではないから、 そこまで印象的なわけではない。 そこ持ってきたか~、ぐらゐのもんである。

ソロデビューしてからはもっと大膽で、 2nd の Late Registration に收録されてゐる Touch the Sky では、 Curtis Mayfield の名曲 Move On Up がサンプリングされてゐる。

かうした超有名曲を使ふのは、普通はダサい行爲である。 引用といふのは、マニアックなものを採り上げるからヒップなのであって、 誰もが知る有名曲をサンプリングするのは、俄か感が高く、 中學生でも恥ぢてやらない行ひである。 有名曲は、使ふにしてもリズムの部分だけで、 その曲を決定づけるフレーズは使はないものなのだ。

なのに、Kanye West は躊躇なく使ふ。 最高傑作 My Beautiful Dark Twisted Fantasy からの 1st シングルなんかこれだ。

King Crimson の 21st Century Schizoid Man!!! しかも、思ひっきりサビのとこ!!!! 曲名云っちゃってるよ!!

この曲の、「21st century schizoid man」と唄ふところだけをサンプリングして曲にばっちりはめ込むなんて、 Kanye West 以外の誰にできるといふのだらう。

Cold Grits の It's Your Thing からドラムをパクってくるのは、まあわかる。 いかにもヒップホップでサンプリングされさうなドラムだから。 でも、その上で Afromerica をループさせ、 21st Century Schizoid Man のサビで締める構成。 天才かよ。いや、天才なんだけどさ。

My Beautiful Dark Fantasy は本當に凄まじいアルバムで、 最初から最後までほぼ隙がない。 Kanye West のよさがわかり始めた頃、 「Kanye West album ranking」でググったことがあるのだが、 2 位以下は全く統一性がないのに、1 位はどのサイトでも判で押したやうに My Beautiful Dark Fantasy だ。

これは、Aphex Twin の名曲 Avril 14th の短いフレーズ (ラストにちらっとだけ現れるやつ!)で 8 分弱を押し切る Blame Game

Aphex Twin の元曲にドラムは入ってゐない。純粹にピアノだけの曲である。 それにドラムを入れて、違和感なく別の曲に仕立て上げてしまふのだから參る。 このフレーズは、この曲のために用意されてゐたのではないかとすら思ふほどだ。

前年(2009 年)にビルボードで 16 位まで昇った Bon Iver の Woods の歌の部分をほぼまるまる使った Lost in the World なんて曲もある。

ヴォーカルパートにそれほど大きな變化はないのに、受ける印象は全く別物だ。 もともとの曲がほとんどアカペラに近いことも印象をガラッと變へる原因にはなってゐるが、 テンポの變更も曲調を新たなものにすることに寄與してゐる。

しかも、それを Gil Scott Heron の朗讀につなげるなんて、どうやったら思ひつくわけ?  Gil Scott Heron はヒップホップでさんざんサンプリングされてゐる人だとは思ふが、 それは彼がファンクをバックに朗讀したり唄ったりする人だからであって、 ファンクなしで朗讀だけサンプリングするとは思はんよ。

かねがね、電子音樂を作ってる人間の頭の中身はさっぱりわからんと思ってゐたが、 Kanye West を聽くと、ヒップホップ作ってる人間の腦の構造もさっぱりわからんな、と痛感する。 どういふ姿勢で音樂を聽いてゐるのか。 おれがさらっと聽いてゐる音樂の一部を、 「これはあれと組み合はせてかうしたら面白いな」みたいに捉へられるわけでせう? どうなってんだよ…。

ほかにも、Black Sabbath の Iron Man のメロディが顏を出す Hell of a Life や、 Carole King、Gerry Goffin による名曲 Will You Love Me Tomorrow の Smokey Robinson によるヴァージョンをサンプリングした (合計 10 秒ぐらゐだけ!) Devil in a New Dress なんかも紹介したいところだが、 最後に Enoch Light and the Glittering Guitars による The Turtles You Showed Me のカヴァー(マニアックすぎる!)をサンプリングした Gorgeous を貼っつけておく。 いやほんと、なんでたった 10 秒ぐらゐのフレーズで 1 曲作れるわけ? すごすぎるわ。

あ、ところで、全部聽いてくれた人に訊きたいことがあるんですけど、 これだけ聽いて、Kanye West のラップ、印象に殘りました?  リリックすごいなーって思ひました?

正直、おれは Kanye West の音樂で、もし要らないものがあるとしたら、それは Kanye West のラップだな、と思ってゐます。 だって、あってもなくてもいいもん。そう思ひません?

Lionel Marchetti: Planktos

購讀してゐるブログのサムネがくらげだったので、 くらげがジャケットになってゐるアルバムを紹介する。

この Planktos といふアルバムは、 2020 年にリリースされた數多のアルバムの中でもトップクラスの名盤で、 未だに愛聽してやまないのだが、 そんなアルバムを今に至るまで紹介しなかった理由は單純である。 それは、このアルバムが、ミュジーク・コンクレート作品だからだ。

ミュジーク・コンクレート(musique concrète)のコンクレートは、「具體的な」を意味する形容詞で、 まあ、英語の concrete と同じである。 音樂といふ抽象的な藝術の中でも一際抽象度の高い電子音樂のサブジャンルに、 「具體音樂」なんてのがあるのはちゃんちゃらおかしいのだが、 一應、かつては本當に具體音、つまり自然の音だの樂器以外のものが出した音(サイレンとか石とか)を使った音樂だった。

ただまあ、いくら音樂が「人間によってオーガナイズされた音」を指すとしても、 さういった音の使ひ道なんてそれほどなく、 現代では「フランスの作家が作った電子音樂で、現代音樂寄りのもの」全般がミュジーク・コンクレートと呼稱されてゐるやうに思ふ。

Lionel Marchetti の作品も、ほとんどはミュジーク・コンクレートといふことになってゐるが、 大部分はシンセサイザーであったり、加工された樂器の音だったりで、 自然音を加工して作ったやうなものは(恐らく)全然ない。

この Planktos は 2015 年から 2020 年にかけて作曲およびリアライズされた作品で、 なんとおよそ 4 時間弱に及ぶ大作である。

ともあれ、どんなものなのか、實際に聽いてみてほしい。

いや~、おれが紹介を躊躇してゐた理由、おわかりいただけたらうか。

先にも書いた通り、音樂といふのは具體性に缺ける藝術である。 もちろん、音階や和音、リズムといった要素だったり、調性やポリフォニーといった形式も存在してはゐるし、 多くの曲にはタイトルもついてゐる。

しかし、それらは別に強固に現實世界の何かと結びついてゐるわけではない。 恋愛の歌があったとして、言葉がわからなければ、一體その曲が恋愛の何を唄ったものなのかはさっぱりわからないはずだ。 當然、恋愛を表すリズムや和音などといったものも存在しない。 音樂の具體性とは、大抵の場合、さうした強辯でしかない。

それでも尚、多くの人が音樂に親しんでゐるのは、 われわれがさうした見せかけの具體性を受け容れてゐるからである。 では、その具體性が感じられない音樂があった場合、人はどう感じるのか。

さういった、具體性の感じられない音樂の代表例が、電子音樂である。 なんたって、2020 年にリリースされた音盤でトップクラスのものと絶賛したおれですら、 何がそんなにいいのか、全く言葉にすることができないのだ。 そもそもこれは五線譜に書き表すことができる音樂なのか?

實際に聽いてゐるときは、 あらゆる瞬間に「ああ、なんてすばらしい音なんだ」と、恍惚としてしまふのだが、 この感覺を説明するのは困難を極める。 自分でもなぜ恍惚とするのかわからない。

豫想や期待といったものが成り立たない音樂であるのに、 好きな音が、好きなタイミングで、好きな位置から聞こえてくる。 もちろん、實際は逆で、そのときどきに鳴ってゐる音が好ましいものであるだけなのだが、 自分でも知らない好みを云ひ當てられてゐる氣分になってしまふのだ。

Planktos とタイトルがついてゐるため、 bandcamp で感想を書いてゐる人たちは、 深海がどうのかうのと云ってゐるのだが、 この音樂に深海要素は特にない。 プランクトンの何かを録音して使ってる、とかでもないやうだし。 まあ、確かにぼんやり聽いてると海中を搖蕩ってゐる心持ちにならなくもないが、 それはタイトルやジャケットに引っ張られてゐるだけで、はっきり云って氣の所爲だ。

近年の Lionel Marchetti の音源は bandcamp のみでリリースされることが多く、 この作品もその例に洩れないのだが、 お蔭でどの程度賣れてゐるかはかなりきっちりわかる (コレクションから隠してゐる人が存在する可能性もあるので、完全にわかるわけではない)。 それによると、なんとこの作品、たった 83 人のコレクションにしか登録されてゐない。 好意的に見て全世界で 100 人ほどしか買ってないってのは寂しい話である。

その少ない購入者の中に Stephan MathieuLasse MarhaugJos Smolders の名前があるのは嬉しいが、 電子音樂ってマジで賣れねえんだな…。 おれの中で好きなジャンルトップ 3 に入る音樂なんだけども。

まあ、電子音樂が樂しめるかどうかは慣れの部分も大きいので、 今度、電子音樂入門のための記事でも書かうかと思ひます (ずっと前から考へてはゐるんだけど、最良の入門コンピが廃盤なんですよね…)。

ではまた。

jaimie branch

去る 8 月 22 日、jaimie branch が亡くなった。39 歳だったらしい。 夭逝といふ言葉が相應しい、才能に溢れたミュージシャンだった。

jaimie branch がミュージシャンとしてデビューしたのは 2006 年頃だが、 彼女の名前が知られたのは、2017 年に Fly or Die をソロ名義で出してからだ (それまではバンドの一員として演奏者のところにクレジットがあっただけで、 自分の名前を前面に出したアルバムはこれが初)。

リリース元はシカゴの International Anthem で、 branch はこのほかに FLY or DIE II (2019)FLY or DIE LIVE (2021) の計 3 作を自身の名義でリリースしてゐる。

それ以外の近年のリリースとしては、やはり International Anthem から Jason Nazary とのデュオ Anteloper で Kudu (2018)Tour Beats vol. 1 (2020)Pink Dolphins (2022) の 3 作がある。

まあ、Anteloper は電子音 + トランペット + ドラムといふ、 Chicago Underground Duo と丸被りの構成で、 正直 Chicago Underground Duo のはうが壓倒的にいいのだが、 ソロ名義のはうはジャズ史に殘る傑作なので、 ジャズ好きを自稱する人間なら、須らく聽くべきだ。

jaimie branch のカルテットは、編成がちょっと變だ。 ベース(Jason Ajemian)、ドラム(Chad Taylor、Chicago Underground Duo の!)はともかくとして、 もう一人がチェロ(1st は Tomeka Reid、以降は Lester St. Louis)なのである。

そもそもチェロがジャズどころかポピュラー・ミュージックであまり使はれることのない樂器だが、 違和感は全くないどころか、 このカルテットはこの 4 人でベスト、とまで思はされてしまふのだから見事だ (Tomeka Reid がリーダーの Tomeka Reid Quartet も チェロ、ベース、ギター、ドラムといふ、やはりちょっと變はった編成だが、 このカルテットもめちゃくちゃかっこいい──しかも、ギターはなんと Mary Halvorson!)。

バンド編成以外で特徴的なのは、 やはり jaimie branch がヴォーカルを務める曲があることだらう。

全體を見れば、ヴォーカルの入った曲は多くない。 それでも、それらの曲が印象に殘るのは、 それが叫びであり、禱りであるからだ。

最初に貼った jaimie branch の寫眞を見てほしい。 あの寫眞の彼女のスタイルは、ジャズミュージシャンといふより、ヒップホップアーティストやパンクロッカーである。 やってゐる音樂こそジャズだが、精神的にはパンクやヒップホップに近いのだらう。 尤も、フリージャズだってかつては黒人の公民權運動と連動した、社會的なムーヴメントだったわけだが。

jaimie branch の音樂には、さういふ、弱者を鼓舞する響きがある。 鼓舞、などといふと偉さうに聞こえるかもしれないので、 聯帶と云ったはうがいいかもしれない。

ただ、ここで敢へて鼓舞といふ言葉を使ったのは、 jaimie branch の音樂が、どことなく Albert Ayler を思はせるものだからだ。

Ayler の音樂は、まさしく鼓舞であった。 單純なフレーズと明るさを持った、行進曲のやうな Ayler の樂曲群は、 恐らく Ayler が軍樂隊に所屬してゐた影響が大きいのだと思ふが、 行進曲っぽさが全くない jaimie branch の曲も、 單純なテーマを何度も繰り返す構成のものが多く、 そこがそこはかとない Ayler らしさを感じさせるのだ。

殘念ながら、jaimie branch は Albert Ayler と同じく、若くして亡くなってしまった。 今後、どんな音樂を作ってくれるのか樂しみにしてゐたアーティストの一人だったので、 彼女の死はとても悲しい。 おれの好きなアーティストは既に亡くなってゐたり、 たっぷり作品を出してくれてゐたりするアーティストばかりなので、 jaimie branch のやうな、まだまだこれからといった感じの人は貴重だった。 安らかに眠れ、と云ふのが適切なのはわかってゐるが、 なんかの間違ひで黄泉がへってきてくれんもんかなあ。

合掌。

Garrett List

Tommy Flanagan といふジャズ・ピアニストがゐる。 Sonny Rollins の Saxophone Colossus や John Coltrane の Giant Steps といった、 下手するとジャズを聽かない人ですら知ってゐる有名アルバムでピアノを彈いてゐる人で、 ジャズ・ファンからは「名盤請負人」として知られてゐる。

しかし、おれにとっての名盤請負人は、Garrett List その人である。

え、誰だって?

Garrett List は 1972 年にデビューしたトロンボーン奏者で、未だ存命。 近年は World Citizens Music なるプロジェクトや Orchestral ViVo! のディレクションを精力的にやってゐるやうだが、 音源が少なく(CD などでリリースされてゐるものはなく、 Garrett List の公式サイトに mp3 がいくらかアップされてゐるだけ)、 いまいちどんなものなのか摑めない。

デビュー作は Your Own Self。 内容はドローンとミニマルの混じった現代音樂作品。 ドローンとは書いたが、Garrett List の作品はどれも幾許かのポップさを備へてをり、 このアルバムでは特にベースの動きにそれが顕著に現れてゐる。 現代音樂で、かういった動きの、ソウルあるいはジャズ寄りのベースを入れる人はほぼゐない。

このデビュー作はたった 2 曲で、しかもレコードといふメディアだったから A 面と B 面にわかれてゐるだけで、 1 曲として聽けてしまふ内容だが、Garrett List の作品として、かういふ形態のものは珍しい (旋律面では、既に List らしさが垣間見えてはゐるが)。 List の作品は、寧ろ現代音樂には珍しく、小品をたくさん收録した歌入りのアルバムばかりである。

幸ひ、List の作品の多くは bandcamp で聽けるやうになってゐるので (Guy Segers がたくさんアップしてくれてゐる)、 List らしさのわかるアルバムを適當に 1 枚、貼っておかう。

List の作品の多くはこのやうなアルバムで、 現代音樂とジャズを融合させつつ、歌が入っても全く不自然でないポップさを合はせ持った、 輕快で聽きやすいものばかりだ。

さて、しかし、Garrett List の本領は、List 自身のアルバムにあるわけではない。 最初に名盤請負人と書いたが、List は客演してゐるアルバム、 つまり演奏者として參加してゐるアルバムに、 List 自身のアルバムよりもずっとずっと有名なものがいくつもあるのだ。

その中で最も有名なのは、La Monte Young の Dream House 78'17" だらう。 La Monte Young と Marian Zazeela による Pandit Pran Nath 仕込みの kirana gharana(歌唱法の名) が聽けるあれだ。 あのバックでトロンボーンを吹いてゐるのが、Garrett List なのである (違法アップロードだらうものしかないので、動畫などは貼りません)。

ドローンといへば、Yoshi Wada の自作パイプホルンを使った大作 Earth Horns with Electronic Drone にも參加してゐる。 マニアックなアルバムに參加してんなあと感心するが、 たぶんこれは La Monte Young つながりなんでせうな。

下書きで眠ってゐたこの記事を書き上げる氣になったのは、 hiroshi-gong さんが Black Sweat Records から出てゐる Goose の Som Folk Är Mest を紹介してゐたのがきっかけなのだが、 この Black Sweat Records は、最初に舉げた Garrett List のデビュー作を再發してゐるほか、 Musica Elettronica Viva(以下、MEV)の創設者の一人である Frederic Rzewski のアルバムも再發してくれたりしてゐて (このアルバムのことは過去の記事にもちょろっとだけ書いた)、 この Rzewski のアルバムにも List が參加してゐる (ミニマルの作曲家として有名な Jon Gibson や、MEV の同僚 Alvin Curran も參加)。

先日の記事で名前を出した Merce Cunningham 舞踏團のための音樂を集めたボックス、 Music for Merce にも 1 曲だけだが List の名前がある。 Christian Wolff の Burdocks といふ曲をやってゐるのだが、 ヴィオラは David Behrman、パーカッションが John Cage、Gordon Mumma がホルンとコルネット、 バンドネオンに David Tudor、ピアノは Frederic Rzewski と、豪華すぎる面子である。しゅごい…。

現代音樂もの以外なら、上に名を舉げた MEV のアルバムもいい。 特に、MEV の結成 40 周年を記念してリリースされたボックス MEV 40 なんて、 Garrett List の參加してゐる 3, 5, 6, 7 曲目のすばらしさ!  この 4 曲は、おれの大好きな Steve Lacy も參加してゐて、 正直、メンバーの名前見てるだけで腦汁出るレヴェル。

ジャズのアルバムにだって參加してゐる。 Willem Breuker Kollektief の名盤 To RemainKurt Weill でトロンボーンを吹いてゐるのは List だ。

その Willem Breuker が創設者の一人でもある ICP Orchestra にも參加してゐて、 ICP が實驗的なジャズの曲を作ったことで知られるピアニスト Herbie Nichols の曲を演奏した Extension Red, White & BlueICP Orchestra plays Herbie Nichols in Nijmegen, 1984Two Programs: The ICP Orchestra Performs Nichols - Monk に Steve Lacy とともに參加してゐる (最後のは Herbie Nichols の曲をやってゐる B 面のみ參加)。 どれも名盤である。

どうです、この幅廣い活躍。 どれもこれも名盤で、おれは全部愛聽しまくってゐるのだが、 別に Garrett List が存在感を放ってゐる、ってわけぢゃあないんですよね。 好きなアルバムを眺めてゐたら、たまたま Garrett List の參加アルバムが多かったってだけで。

上に名を出したアーティストたちのアルバムには、 Garrett List が參加してをらずとも名盤であるものもたくさんある。 でも、Garrett List が參加してゐるアルバムにはずれがないってのがすごい。 トロンボーンなんてさして目立つ樂器でもないのに。

さて、あんまり客演ものばかり紹介するのもなんなので、 最後に Garrett List 本人のすばらしい曲が聽ける上、 ほかにも豪華な曲が目白押しのアルバムを舉げて終はりにしよう。

それが、New Music New York 1979 である。 Philip Glass の音源リリースをメインにする Orange Mountain Music から、 From the Kitchen Archives の第 1 作としてリリースされたのが本作。 The Kitchen といふのは、ニューヨークにある有名なアートスペースで、 これはそこで 1979 年に行はれたイヴェント、New Music New York の記録である。

ここに收録されてゐるのは、Garrett List のみならず、當然 Philip Glass の曲はあるし、 Meredith Monk、先も名前を出した Jon Gibson、Gordon Mumma、Pauline Oliveros、Phill Niblock、Steve Reich、David Behrman、 Charlemagne Palestine、Tony Conrad といった、當時のアメリカ現代音樂の旗手たちによる樂曲で、 これを聽くだけで、當時のアメリカ現代音樂シーンでどんな音樂が主流になりつつあったかがわかってしまふ超絶お得コンピだから、買ふしかないですよ。

實際、おれが初めて Garrett List の名前を意識したのはこのアルバムで、 それまで Garrett List のことなんて全く知らなかった。 いちいち自分の持ってるアルバムの演奏者なんて見ないし。

でも、ここで Garrett List の曲として收録されてゐる Where We Are が非常によかったのだ。 それもそのはず、タイトルこそ違ふが、これは Fly Hollywood のタイトルで、 何度も Garrett List のアルバムに收録されてゐる、List お氣に入りの名曲なのだ (前半に即興と思しきパートが追加されてゐるのが理由でタイトルが違ふのだと思ふ)。

作曲家としても演奏家としても、恐らく知る人ぞ知る人だらうし、 Garrett List のことをこんなに高く評價してゐる日本人もほかにゐるのかどうか怪しいほどだが、 それはちょっと殘念だ。 この記事で、ちょっとでも Garrett List に興味を持つ人が現れてくれれば嬉しい。

ところで、あなたにとっての名盤請負人は誰ですか?

Michael Ranta

先日、とあるブログでこんな文章に出會した。

僕の交友関係のそれぞれの人にも、「周りでこれ好きなの自分しかいない…」があって、 「どうせ理解されないしいいか」と思いつつひとりでひたすらその坑道を掘り続けている、……ということはあるのだろう。 人間ってそういうところがいいですよね。 タイドプールにとり残されて、「Jukebox The Ghostを聞いて! ……いや、やっぱ嘘です。」

おれがこれから紹介しようとしてゐる Michael Ranta も、 自分の周りに好きな人を見かけたことはない。 Michael Ranta のことを書かうと思ったのは、1975 年のアルバムが再發されたからなんだが、 なんとこのアルバム、たった 625 枚しかプレスされない。 およそ 50 年を經てやうやく正式に再發されるのに (マスターテープ紛失のため、盤起こしからのリマスターものである)、 世界にたった 625 枚しか出囘らないのだ (まあ、bandcamp でダウンロード音源の販賣があるから、 もうちょっと多くの人の耳には届くはずだが)。 なんでってもちろんその程度しか需要がないから。 そりゃあ、おれの周りに好きな人間がゐる確率が微々たるものになるのもやむなしである。

ただ、「どうせ理解されないしいいか」と心の底から思ったことはない (まあ、例へば職場で「どんな音樂が好きなんですか?」とか訊かれたら面倒だから胡麻化すけど)。 そんな風に思ってたら、そもそもブログに書きませんからね。 周りに好きな人がゐなくても、なんとか寄ってきてくれないかな、 とかなんとかさういふ惡足掻きをずっとしてゐる (hiroshi-gong さんと知り合へたのだから、惡足掻きも無駄ではなかったわけだ)。

Michael Ranta は即興演奏のパーカッショニストとしてその筋の人たちには(たぶん)知られる人で、 アメリカ出身なので讀みはマイケルのはずだが、1979 年にケルンに移住して以來ずっとケルン住まいなので、 ミヒャエルと片假名表記されることも多い。 恐らく、本人もミヒャエルと呼ばれることのはうが多い人生になってゐるだらう。

ヨーロッパを活動の中心にする即興演奏家は、大抵の場合 Derek Bailey 主宰の Company に參加してゐるが、 あれだけたくさん出てゐる Company の音源の中に、Ranta が參加したものはない。 これは恐らく、Ranta がジャズやフリー・ミュージックの文脈ではなく、 現代音樂の流れに位置する音樂家だからだらう (Karlheinz Stockhausen の作品を演奏するために大阪萬博で來日し、 その後、NHK 電子スタジオに勤務してゐたこともある)。

Derek Bailey との絡みがあるのは、 Deutsche Grammophon から 1974 年にリリースされた Free Improvisation といふタイトルのコンピのみで、 これは Vinko Globokar 參加の New Phonic Art 1973、Derek Bailey 參加の Iskra 1903、 Conny Plank, Karl-Heinz Böttner, Michael Ranta, Mike Lewis の 4 人による Wired の 3 グループの即興演奏を、 1 枚づつレコードに收めた 3 枚組の豪華ボックスセットである。 今囘のアルバム再發に伴って、 Ranta 關聯の音源で再發されてゐないのはもはやこれと Mu III を收録したカセット Weltmusik 82b だけになってしまった。 どっか再發してくれないかなあ。もとがグラモフォンといふメジャー・レーベルなのがきつい。

今囘再發されたのは、1975 年の Improvisation Sep. 1975 で、 これはもともと Iskra といふ日本のレーベルから出てゐる。 ちなみに、このアルバム以外に Iskra から出たのは高柳昌行の Eclipse だけ。 そりゃマスターテープも見つからないよ (なのに YouTube には自動生成された音源があるんだから恐ろしい)。

このアルバムが日本のレーベルから出たのは、 これが小杉武久および一柳慧との共演作品だからである。 前述した通り Ranta は NHK 電子スタジオで働いてゐた時期があったから、 この二人と交流があるのも自然なことだらう。

買っておいてなんだが、 Ranta 參加作品の中で、これはそこまで好きなアルバムではない。 最初の 4 分ほどはほとんど何も聞こえないから、ではなくて、 小杉さんの場の支配力がすごすぎるからだ (だから、Ranta の作品としては好きではないが、小杉さんの作品として好きなアルバムといふ位置づけ)。

現代音樂の演奏家および作曲家としては、Ranta も一柳さんも當時の最先端にゐた人たちだが、 即興演奏家としては、やっぱり當時タージ・マハル旅行團をやってゐた小杉さんがダントツで、 A 面は小杉さんの獨擅場と云っていいほど。

そんなわけで、おれも初めてこのアルバムを聽いたときは、 特に Michael Ranta に注目してゐたわけではなかった。 おれが Michael Ranta のすごさに氣づいたのは、 2010 年に今は亡き Qbico から Hartmut Geerken とのボックス The Heliopolar Egg が出たときだ (後に Art into Life から CD で再發された)。

このアルバムのすばらしいところは、音の少なさだ。 Derek Bailey をはじめとするヨーロッパの即興演奏家たちの演奏は、 音運びそのものには現れてこないが、やはりジャズを源流とするところがあるためなのか、 即興を聽かせる意識が高く、音が多量に入ってゐる。

しかし、このアルバムにはさういった音は入ってゐない。 ドローンを主體としつつ、Ranta と Geerken の二人が樣々な樂器や聲を緩やかに乘せていくだけ。 ジャズといへば、Hartmut Geerken だって The Cairo Free Jazz Ensemble の創設者の一人だから、 もっと演奏がジャズっぽくてもいいはずなのに、Ranta とのアルバムでジャズ要素を感じることは全然ない。

うちにもけっこうな數の即興演奏のアルバムがあるが、 大抵は買ったときにさんざん聽いてそれっきりである。 でも、このボックスは未だにたまに引っ張り出してきては聽いてしまふ。 この 2 人の、獨特な演奏がいいのだ。

Geerken と Ranta のこのデュオによる演奏はおれ以外にも好評だったのか、 Qbico の 10 枚組ボックスや Qbico の後身である Sagittarius A-Star で別の録音もリリースされてゐる。 近年では、オランダの Astres d'Or(ここもアホみたいにプレス數が少ない)からもリリースがあり、 レコードそのものは 25 枚かなんかしかプレスされてゐないので入手は困難どころの騷ぎではないが、 なんと bandcamp で中身は無料ダウンロードできる。ありがたい世の中になったものである。

Qbico から The Heliopolar Egg が出たのと同じ年に Metaphon(今囘、小杉さんたちとのアルバムを再發したところ)から出た Conny Plank、Mike Lewis との Mu もすばらしかった。

この面子は、先に舉げた Free Improvisation 録音時の Wired から Karl-Heinz Böttner だけが拔けた編成で、 Wired の數ヶ月後に録音されたもの(3 曲目のみ、94 年のライヴ録音で、 これは Michael Ranta 一人での演奏)。

この Mu のいいところは、たった 4 曲とはいへ、ヴァリエーションに富んでゐること。 Deep Listening のやうに殘響音を重視し、空間の擴がりを聽かせる 1 曲目、 アンビエントな氛圍氣がマリンバによって徐々にクラウトロック風に變貌していく 2 曲目 (終盤に Ranta がギター彈くところとかサイケでたまらない)、 Michael Ranta のパーカッショニストとしての面目躍如たる樣が堪能できる 3 曲目、 4 曲目は 2 曲目に少し似た感じだが、終盤の Conny Plank による電子音がすばらしすぎて永久に聽いてゐられる。 Ranta はここでもギターを彈いてゐるが、やはり旋律はなく、どこまでも抽象的で音響的である。

さて、即興音樂家としての側面ばかりを紹介してきたが、 Ranta は現代音樂の作曲家でもある。 作曲作品は主に Ranta 自身のレーベル Asian Sound Records からリリースされてゐたが、 Asian Sound Records は今では完全にアジアの打樂器を賣る通販サイトになってをり、 かつて Asian Sound Records から出てゐたもののほとんどは、Metaphon が bandcamp で提供してくれてゐる。

最も古い時期の作曲作品が收録されてゐるのは Taiwan Years で、 これはタイトル通り、Ranta が臺灣に住んでゐた頃(1973 ~ 1979 年)の作品群。 大學の先生をやってゐたらしい。 録音は日本で行はれたらしく、録音エンジニアのところには佐藤茂と小島努の名がある。 佐藤さんと小島さんといへば、Sound3 の名コンピ、 『音の始源はじまりを求めて』シリーズにその仕事がまとめられてゐる、 日本の電子音樂を語る上で外せない人たちである。 Ranta って NHK の電子スタジオとかなり密接に附き合ひがあったんだなあ。

Ranta が來日したのは萬博での Stockhausen の演奏者としてであったことは先にも書いたが、 その Stockhausen も NHK に委嘱されて 1966 年に Telemusik といふ電子音樂作品を作ってゐて (佐藤茂もこの曲のリアライズに參加してゐる)、 こちらはもう、雅樂だけでなく世界中の音樂を接合したフランケンシュタインの怪物的作品であり、初期の傑作の一つだ。

Ranta の曲は、Stockhausen ほどの大伽藍ではないが、 NHK 電子スタジオで録音されたこともあってか、 雅樂っぽい氛圍氣があったり、コラージュによる別の音樂やラジオとの接合があったりと、 Stockhausen の Telemusik と親近性を感じさせる電子音樂集になってゐる。 まあ、最後の曲なんかはドローン→パーカッションソロ→ドローンと移り變はる、實に Ranta らしい曲だけど。 この時代の電子音樂が好きな人にはたまらんアルバムだと思ふ。

次に古いのは The Great Wall / Chanta Khat で、 これはもともと 1991 年に Ranta の Asian Sound Records からリリースされたが、 昨年 Metaphon からリマスターされて再發された。 bandcamp にはまだないやうだ。

中身は 2 曲で、1 曲目の The Great Wall は Conny Plank のスタジオと Ranta のホームスタジオで 1984 年に録音されたもの。 2 曲目の Chanta Khat は 1973 年に日本の NHK 電子スタジオで録音されてをり、 これまた佐藤さんと小島さんがエンジニア、録音を上浪渡が擔當してゐる。 上浪さんといへば、冒頭に紹介した一柳さん、小杉さんとのアルバムのプロデューサーを務めたのもこの人であり、 NHK 電子スタジオのチーフ・プロデューサーである。

The Great Wall のはうは、電子音によるドローンを主體としつつ、 それに聲やパーカッション、宇宙音シンセなどを加へた曲で、個人的にはピンズド。 初めから終はりまで好きな音しかない。 これまでの Ranta の作品と同樣、どの音も激しく主張しすぎない奧牀しさがすばらしい。

Chanta Khat は日本でフィールド・レコーディングしたのではないかと思しき音などもあり、 日本人にとっては少々の郷愁を誘ふ電子音響作品になってゐる不思議な作品。

同じく 1984 年には、Mu V / Mu VI の録音も行はれてゐる。 Mike Lewis、Conny Plank との共作であった Mu には Mu IV までが收録されてゐたが、 こちらの 2 曲は Michael Ranta が一人で録音してゐる(録音は Conny's studio) *1

このアルバム、1984 年にリリースされた割に、まだ在庫があるらしく(たぶん 500 枚ぐらゐしかプレスされてないのに)、 おれは先日ようやっと注文したばかりなので、まだ手元にない。 一應、サンプルは YouTube にあったが、どうもパーカッション中心の作品っぽいですね。

1988 年から 89 年にかけて録音された Die Mauer は、 Ranta には珍しく、短めの曲がいくつも入ったアルバム。 それもそのはず、Philippe Talard なる人が振り付けを擔當したバレエのための音樂らしい。

が、小品が多い所爲なのか、バレエ用の音樂だからなのか(リズムとか全然ないけど)、 いまいちまとまりに缺け、Ranta のアルバムの中ではピンとこない作品。 Merce Cunningham 舞踏團のための音樂とかは好きなんだけどなあ。 まあ、あっちは John Cage、David Tudor、Gordon Mumma、小杉武久と錚々たる面子の音樂だけど。

Yuen Shan といふタイトルのアルバムは 2 つあるが、 2005 年のはうは聽いたことがないので、どんな内容なのかはわからない。 2015 年に Metaphon から出た Yuen Shan とは違ふ作品らしい。 なんでそんな紛らはしいことすんの…。

この作品の着想を得たのは 1972 年らしいが、完成したのは 2014 年。 なんと 40 年以上もかかってゐる。

内容はパーカッションもので、録音された素材と Ranta による生演奏とを組み合はせたもの。 まあ、どこまでが録音でどこまでが生なのかわかりませんけども。

パーカッションといへば Ranta の本領発揮、ではあるんだけど、これまたなんだかピンとこない。 即興演奏のやつは好きなのに。 惡くはないんだけど、う~ん。

最新作は Corona Meditation で、 タイトルそれでいいのか?って思ふが、海外では COVID-19 が一般的でコロナって云はないんだらうか。 いや、んなことねーよな。

タイトルはともかく、内容はまさに瞑想的で、 間をたっぷりとった、パーカッションの演奏。 Ranta の使ふ打樂器はアジアのものが多いため、 寺で座禪を組んでゐる氣分になる(組んだことないけど)。 これはぼけーっとしたいときに流しておけるいいアルバム。

近年の作品はパーカッションものに偏ってゐるが、 作曲作品なら電子音樂のはうが好みなので、もっと電子音樂を出してもらひたいところ。 きっと録音だけして發表してない古い音源とかまだあると思ふんだよなあ。 出してくれんかなあ。特に 70 年代のやつ。

即興ものは、逆にパーカッションやっててくれるはうがいいので、 こっちはこっちで更なる發掘を期待したい。 こんだけ長く活動してて、録音が今出てるやつだけなんてことはないだらう。 もちろん、嚴選してくれてるからこそのクオリティなのだらうけど、 即興ものは外れがないし、ずっとケルンに住んでるんだからもっと Conny Plank とやっててもおかしくないと思ふんだよなあ。 なんかないんですか。

とまあ、Ranta の活動を紹介してきたが、 この記事、書くのに一週間近くかかってゐる。 ほかの記事を書くときもさうだが、 いちいち關係するアルバムを引っ張り出してきて聽いてゐるので、どうしたって時間がかかってしまふ。 アルバム 1 枚って、40 分とかありますからね。 はあ~、時間かけてこの程度のことしか書けないの辛い。 なんとか音樂のことをうまく書くスタイルを確立したいものだ。

まあ、百聞は一見にしかずではないけど、おれの文章を讀む暇があったら、 音樂自體を聽けばいいだけの話ではあるし、 現代は音樂へのアクセスが非常に容易になったので、 紹介だけならそこまでがんばんなくてもいいんだよね。 でもなあ、おれが感じてる魅力がなんなのか、しっかり分析したいって思ひが常にあるわけですよ。 全然できてないけど。 今度もだらだら駄文を垂れ流すことになるでせうけど、よろしくお付合ひのほどをお願ひします。

*1:ちなみに、Mu III は 1982 年にリリースされたカセット Weltmusik 82b にも別録音が收録されてゐる。 このカセットはスプリットアルバムで、A 面は Johannes Fritsch の Kyo Mu といふ作品だったのだが、 なんとこの曲、もう 1 曲を加へたアルバムが Metaphon よりつい先日再發された。 すごすぎるぜ Metaphon。

Lorenzo Senni: Scacco Matto

Lorenzo Senni の名前を知ったのは 2011 年のことだったと思ふ。 おれの好みのアルバムが何枚か同じレーベルから出てゐて、 それが彼の運營するレーベル Presto!? だったのだ。

おれが Presto!? の存在を知って間もなく、Lorenzo Senni のファースト・アルバム Dunno が Presto!? からリリースされた。 冒頭に貼った、ハリボテのアンプを背に演奏するミュージシャンの寫眞に「しりません」とキャプションのついたポスターは、 このアルバムがリリースされた際の日本ツアーのものだ(dunno は don't know のこと)。

このアルバム自體はそれほど新奇な音樂といふわけでもない。 コンピュータを用ゐた電子音樂でありつつ、 Presto!? からもリリースのある EVOL のやうな、 間拔けなシンセの表現を取り込んだ、 なるほど Presto!? の主宰として相應しい音樂で、 おれはかういふ頭の惡い裝ひをした電子音樂が大好きなので、 それ以來、Lorenzo Senni の動向と Presto!? は氣にするやうになった。

セカンド・アルバムの Quantum Jelly は 2012 年に Editions Mego からリリースされた。 このアルバムは、現在まで續く Lorenzo Senni の音樂性を理解するには缺かせないアルバムだ。 面白い音の入った實驗的電子音樂だったファーストとは全く違ひ、 彼のトランスを分析した、「點描的トランス」と呼ばれる作品が初めて世に出たアルバムだからだ。 トランスを徹底的に煮詰め、最小限の要素のみで表現したやうな曲が目白押しで、 音樂的には Pan Sonic や池田亮司に近いものも感じる。

2014 年に Boomkat から出た Superimpotisions は ストイックですらあった Quantum Jelly に比べ、 一曲で使はれる音の種類が大幅に増え、曲のヴァリエーションも豊かになった。

それでも、前作と同じくリズムはあってもビートはないし、 トランスがトランスと呼ばれる所以であるトリップ感も全くない。 音が増えたとはいへ、アルバム全體の氛圍氣はまだまだ實驗的あるいは研究的で、 一部では高く評價されてゐたが、それだけだった。

Lorenzo Senni のことが廣く知られるやうになったのは、 2016 年以降に Warp から EP やシングルを出すやうになってからだ。 Warp といへば、90 年代から今に至るまでテクノ系のレーベルではトップといへるレーベルである。

待望のアルバムが出たのは 2020 年で、 前作から 6 年もかかったわけだが、 それも納得の凄まじいアルバムになった。

それが、Scacco Matto である。

1 曲目の變拍子からもうたまらないが、 アルバム全體から、これまでのアルバムにはなかった要素が感じられるところが最大のポイントだ。 さう、樂曲のポップさである。

前作までの實驗的要素が消えたのかといへば、そんなことはない。 しかし、アプローチの方法および向きは全く變はったと云へる。 すなはち、これまでがトランスの基礎研究だったのに對し、 このアルバムはその應用、これまでに得たトランスの各要素を用ゐてどんなものが作り出せるか、 といった實驗になっているのだ。

Senni はドラッグをやらない人なので、 トランスをやってゐても、曲はどれも透徹した眼差しによって貫かれてゐて (Senni 本人は「レイヴの覗き見、と稱してゐる)、 トリップ感はなかった。

だが、このアルバムは初めから終はりまでずっと心地よい音が、心地よいタイミングで入ってくる。 かうした電子音中心の音樂は、音の好みや心地よさが聽く上での大きな動機になる。 これまでの Senni のアルバムで、さうした要素はあまり顧みられてゐなかった。 それがより、このアルバムの洗練具合を示してゐる。

アルバム・タイトルの Scacco Matto とは、 イタリア語でチェックメイトの意味らしく、 どこまでポップにできるかといふことの追求がチェスの感覺に近かったから、といふのが Senni の言だが、 アルバムを聽いてゐると、それだけでなく、このアルバムがこれまでの集大成であり、完成形であるからこそのタイトルではないか、 とも思へてくる。

Senni のトランスを巡る旅はこれで一旦終了かもしれない。 しかし、AxCx をもじったロゴや、曲名にもたびたび現れるストレートエッジのシンボル X、 また、Presto!? での目利きのすごさ(Palmistry や Gábor Lázár を 2013 年の時點でリリースしてゐる)を見ると、 Senni の音樂はまだまだこれだけに留まらないだらう。 これから先、どんな音樂を聽かせてくれるのか、實に樂しみである。

bandcamp daily: February, 2022

たまった bandcamp daily をさくさく消化するために、 さして興味の湧かないものは容赦なく飛ばしていくことにした。 といふわけで、ひょっとしたら取り上げるものが激減するかもしれない(全然しませんでした…)。

2 月 1 日の album of the day は 1964 年に設立され、1978 年まで續いたアメリカのレーベル Mainstream から 70 年代に發賣されたファンクを選りすぐったコンピ、Mainstream Funk の紹介。

まあうん、海外の人にはありがたいコンピなのかもしれない。 でも、日本に住んでたら、この邊のは P-VINE が熱心にオリジナル・アルバムを再發してくれるので、 わざわざこんなコンピを買ふ意味はあんまりないんだよなあ。 P-VINE の選曲眼ならぬ選アルバム眼は鋭くて、昔からお世話になってます。

2 月 4 日の The best ambient on bandcamp にはいつも通り全く期待してゐなかったのだが、しれっと Oval が混じっててなんか笑ってしまった。

取り上げられた Oval の新作 Ovidono は去年末のリリース作品で、 復活してからだと 6 枚目ぐらゐのアルバムだ。

音響派にハマった身としては、もちろん Oval も大好きなのだが、今でも Oval を追ひかけてゐる人がどれぐらゐゐるのかは全然知らない。 なんせ、Oval としては 2001 年から 2010 年まで活動してゐなかったのだから、その間に忘れてしまった人も多からう。

かく云ふおれは、2010 年に復活して以降の Oval も大好きである。 復活後のアルバムはかつてのグリッチを多用したものではなく、 どれもこれも聽きやすいものばかりだ。

Oval は變はった、とよく云はれるが、かうしたポップさはかつての Oval にもあった。 曖昧模糊としてゐたものが、明確に輪郭を持ったものとして表現されるやうになっただけのことだ。

今囘の新作は、なるほど best ambient に選ばれるのも頷けるほどに、静かなアルバムである。 何より、ここ最近の Oval のアルバムにはっきりと存在してゐたビートが全然ない。

といって、過去の Oval のやうなわかりにくさはない。 Oval らしさでもある一見統一感のない輕やかできらびやかな電子音も少ないため(個人的には殘念)、 Oval であることを知らなければ、普通のアンビエント作品として聽けてしまふだらう。 まあ、日本人としては、小野小町の歌が入ってくるのは、言葉を意識させられてちょっと嫌だが。

2 月 8 日の features は The Colorful World of Cumbia Punks Los Bitchos と題した、Los Bithos の特集。

記事のサムネに女性が 4 人寫ってゐた時點で、「げー、ガールズバンドかよ」と嫌厭してしまったのだが、 聽いてみたら、全くガールズバンドっぽくなかった。

ガールズバンドの何が嫌って、若い女性だけでやってゐる、といふ事實に甘えて、 音樂そのものがまるで大したものでないことが多いところだ。 若い女の子がかちゃかちゃがんばってるだけで尊い、みたいな感性はおれにはないので、 どれもこれも似たり寄ったりのガールズバンドにはほとんど興味がない。

が、このバンドは、そもそも歌がない。 歌がなければ、演奏家の性別を識別するのは困難だ。 記事名は cumbia punks となってゐるが、クンビア要素、パンク要素ともそれほど強くない。 パンクは、これまたパンクといふジャンルに甘えて演奏がうまくなかったり、 一本調子だったりするので熱心に聽かないジャンルの一つだが、 この Los Bitchos は演奏技術もしっかりしてゐるし、 曲も凝ってゐてよい。いいバンドぢゃないですか。

先入觀は誰にでもあるが、サムネだけ見て聽くことすらしない、といふ選擇を採らなかった己れを褒めたい。 まあ、別に買ふわけぢゃないんですけどね。

2 月 9 日の lists はバグパイプ特集。 といっても、bagpipes in experimental music と題されてゐることからもわかる通り、 ドローンだったりフリージャズだったりといったものばかり。

やっぱ Yoshi Wada のアルバムとかなのかな、と思ったら、Yoshi Wada は 1 枚もなかったが(文章に名前は出てくる)、 それでなくても知ってる名前ばかり。 David Watson、Chris Corsano、Richard Youngs、Alvin Lucier などなど。 まあ、Chris Corsano と Richard Youngs はバグパイプ奏者の相方であって、メインではないですけど。

そんなわけで、これは當たりだらけであった。 まづは David Watson。二作品紹介されてゐるが、 ここはやはり、2007 年のアルバム Throats を推したい。 なんたって、巻上さんが參加してますからね。Shelley Hirsch もゐるぞ!  バグパイプのドローンと巻上さんの喉歌の相性が拔群。 Shelley Hirsch は、まあ、Shelley Hirsch。最近ちっとも見ないがどうしてるんだらう。

もう 1 枚の Woven は去年 Room40 から出たアルバムで、 ジャケはなぜか Henry Cow 風。 Room40 はもともとフォローしてゐるレーベルなので、このリリースもリアルタイムで知ってゐたが、 改めて開いてみたらウィッシュリストに入れてあった。 バグパイプの音が美しく重なり合ふドローンだもんなあ。 腦味噌とろけるぜ。

Paul Dunmall なるバグパイプ/テナーサックス奏者と Chris Corsano のデュオによる Identical Sunsets は、 まあ Chris Corsano の名から想像できるやうに、思いっきりフリージャズ。 てか、バグパイプなの 1 曲目だけぢゃないっすか? あと全部テナー吹いてません?  フリージャズとしてはかっこいいが、バグパイプものとして紹介していいのか?

Donald WG Lindsay と Richard Youngs のデュオによる History of Sleep は、 バグパイプとギターによるドローン。ギターは Ebow で彈いたり普通に彈いたりしてゐる。

正確にはバグパイプではなく、Lindsay system smallpipes なる、 Donald WG Lindsay 自作の樂器らしく、確かにバグパイプとは響きがかなり異なる。 特に、バグパイプの特徴である重層的な音が鳴らず、安っぽいキーボードのやうな音である。 全く重なりがないわけではなく、少ないながらも複數の音が鳴ってをり、 さながらおもちゃの電子バグパイプといった趣で、 それが逆にエレキギターとの親和性を高めてゐる。

Richard Youngs はデュオだからなのか、 普段に比べておとなしめの印象だが、 この樂器のポテンシャルを考へれば、 もっと遠慮なくやってしまってよかったのではないか。

昨年、惜しくも亡くなってしまった Alvin Lucier の作品は、 いつもの通り音樂といふより音波をダイレクトに浴びせられる感じのドローン。 琴を用ゐた 2 曲目なんかは音波要素も弱いが、 それでもやはり、音の響きに對する實驗風景としか思へないやうな音樂。 Alvin Lucier みたいな音樂こそ、實驗音樂と呼ばれるべきものだと思ふ。 Lucier は何を買ってもハズレなしなので、皆さんも是非買ってください。 我が家にはたくさんあります。 代表作が I Am Sitting in a Room みたいに思はれてるのはファンとしては喜ばしくないことだし。 あれはあれですごいけどね。 Alvin Lucier だけでなく、Sonic Arts Union の面々は(Gordon Mumma 以外は)みんな面白い。

2 月 10 日の features は Marshall Allen と Tyler Mitchell のデュオ作品 Dancing Shadows について。

Marshall Allen は、もちろん Sun Ra Arkestra の古參メンバーであるあの Marshall Allen。齢 97 にして、今でも元氣に Arkestra を率ゐてライヴしてるんだからすごい (友人が先日 cafe OTO でのライヴへ行っていたが、始まるまでずっと Marshall Allen はホントに來るのか?と疑ってゐた。來るに決まっとる)。 ベーシストの Tyler Mitchell は、これまた Sun Ra Arkestra のメンバーだが、Sun Ra 存命時には數年を伴に活動したのみで、 寧ろ、Sun Ra が亡くなってからのメンバー歴のはうが長い。

これはそんな二人が、Sun Ra の曲だけでなく、Thelonious Monk や自作曲(メンバーの一人 Nicoletta Manzini の曲も)を演奏したもの。 バンドはセクステットで、Marshall Allen と Tyler Mitchell のほか、テナー、アルト、ドラム、パーカッションがゐる。サックス 3 人もゐるのか…。

とはいへ、普段の Sun Ra Arkestra はもっと大人數であるから、これはかなりシンプルな編成。 演奏もコンパクトで、最長の曲でも 7 分。大半の曲は 3 分ほどで終はってしまふ。 しかし、それが逆に、Sun Ra の曲のよさといふか、 オーソドックスなスタイルで演奏しても映えるんだ、といふのがわかってファンとしては嬉しい。

まあでも、Sun Ra マニアしか買はないよねえ…。

もう 1 つ、2 月 10 日は lifetime achievement といふ、あまり見ない記事があり、 ここで特集されてゐるのは電子樂器を演奏する Norman W. Long だ。

Norman W. Long は電子樂器を演奏する人だが、 扱ふジャンルは幅廣く、例へば Angel Bat Dawid のバンドにも參加してゐる

紹介されてゐた中でよかったのは、Electro-Acoustic Dubcology I-IV といふ作品。

これは、フィールド・レコーディングと電子樂器による演奏が混じった所謂ミュジーク・コンクレートだが、 フィールド・レコーディングの占める割合がかなり大きい割に、 けっこう大胆に電子樂器が入る場面もある、ちょっと珍しい構成になってゐる。 フィールド・レコーディングは音樂っぽさがあまりないのでほとんど聽かないのだが、 これぐらゐ人爲的な音が入っててくれると聽く氣になりますね。

2 月 11 日の essential releases でよかったのは、Beast Nest の Sicko

何がよかったって、これ、essential releases で紹介されたのが信じられない、 シンセぶりぶりの、クソ音樂なのだ。 neo-soul とか healing sound なんてタグがついてるけど、嘘つけ!って感じ。 確かにさういふ場面もなくはないが、 派手で頭の惡いシンセがふんだんに挿入されるので、アホ丸出し。 實にすばらしい。 こんなのが紹介されるとは、essential releases もなかなかやりますねえ。

2 月 11 日の lists は、「Black Country New Road が好きな人へ」と題してプログレをいくつも紹介してくれてゐるのだが、最初に舉げられてゐるのが Henry Cow。 いやいや、Henry Cow を最初にしちゃダメでせう。それでお終ひぢゃん。 Henry Cow よりすごいバンドなんて、なかなかないよ。 Henry Cow ぐらゐインパクトのあるプログレとなると、 それこそ紹介されてゐる Unrest の 3 曲目からバンド名を採った Ruins とかぢゃないと…。

實際、その後に紹介されてゐるバンドは、いかにもプログレって感じのバンドばかりで、 特に目新しさはない。一體なにが progressive なんだ、と云ひたくなる。

唯一マシだったのは Richard Dawson の 2020 で、 これはプログレといふよりフォークとかブルーズだ。 Captain Beefheart のイングランド版と看做されたりもしてゐるらしいが、Beefheart ほどぶっ飛んではゐない。 ギターもヴォーカルも、ずっとお上品だ。

おれは、何かしら過剰なところのある音樂が好きなので、 こう小ぢんまりとまとめられてしまふと、あんまり興味が持てないのである。 Richard Dawson は惡くはないけど、買って持っておきたいほどではない。 もっと、Henry Cow みたいに、聽いて一發でほしくなるやうな音樂やってくれ。

2 月 11 日の label profile は、Open Mouth 特集。 まあ、Open Mouth は Bill Nace のレーベルなので、實質的にほぼ Bill Nace 特集なんですけど。

Bill Nace といへばギターの即興演奏で有名な人で、 バグパイプのときに名前の出た Chris Corsano とのデュオ作をちょいちょい出してる印象だが、 世間的に最も有名なのは、やっぱり Kim Gordon とのデュオ、Body/Head だらう。

Body/Head の最初のリリースは、Kim Gordon の元夫である Thurston Moore のレーベル Ecstatic Peace! から 2011 年 3 月に出たカセットで、 2 人の離婚は 2011 年 10 月だから、たぶん離婚(といふか、Thurston の浮気バレ)以前からやってゐたデュオなのだと思ふ。

Open Mouth からリリースされた Body/Head は EP で、 2013 年 1 月リリースのもの。 Body/Head の音源としては、Ultra Eczema(!)からリリースされた 7 インチシングルに續くものだが (その前に、Ultra Eczema が出したコンピ、Fever *1 にも參加してゐる)、同年 9 月に Matador からリリースされた Coming Apart ほどしっかりした曲の形をしてゐないので、 まあ、Body/Head マニアといふより、Bill Nace マニア向けでせうね。

Body/Head といふか、Sonic Youth の殘滓目當てでない人にとって、それ以外の Bill Nace は、 インプロに興味ないと難しいですよね…。 おれもインプロを熱心に聽かなくなって久しいので、Bill Nace のことはあまり詳しくない (全く興味がないわけではないので、名前はよく見るけど)。 おれの twitter アカウントをフォローしてゐる數少ない人の一人に、 Bill Nace マニアの人がゐるので、 たぶんその人に訊くのが一番なんだけど、いつの間にかツイートが非公開になってますね。 こっちからはフォローしてないから見えない。このタイミングでフォローするのも申しわけないしなあ。

どうせ聽くなら、Chris Corsano のゐるものがいい。 ドラム入ってると、それだけで曲の捉へどころのなさが減少するからね。 Susan Alcorn との 3 人でやってるこれとか、 Christian Marclay から Ellen Fullman まで、幅廣いジャンルの人と共演してゐるチェロ奏者 Okkyung Lee とのトリオ作とか、いいですぞ。

逆に、昨年 Blank Forms から Solos をリリースし、 ついでに名盤 Amateur を始めとする Kye からの諸作がリマスター再發された Graham Lambkin とのデュオ作なんかは、 樂しめる人がめちゃくちゃ限られさう。

Bill Nace ではない人の作品で唯一紹介されてゐたのは Steve Gunn とのデュオで知られるドラマー John Truscinski のシンセ作品 Bridle Path

Steve Gunn は Three Lobed からもいくつかリリースがあったりするブルーズ系のギタリストなので、 名前は知ってるし、アルバムも何枚か持ってるはずだが、 歌が入ってゐるので、あんまり熱心には追ってゐない。 だから、この John Truscinski のことも知らなかったんだけど、 このソロ作品、ドラム叩いてないぢゃん…。すばらしいぞ!!

Korg のしょぼいシンセを使った作品とのことだが、 Eleh みたいなぶっきらぼうドローン。 かういふの、めちゃくちゃ好きなんだよおお。 レコードでほしいが、discogs から買ふしかないといふ悲惨な状況。 うぎぎ。$5 でデジタルアルバム買ふか? いやでも…。ああああ。 もうちょっとドルが下がったらデジタルで買って、のんびりレコード探さう。

2 月 14 日の features は、 2017年のアルバム Fairfax がリマスター再發された Nate Scheible へのインタヴュー記事。 リマスタリングを擔當したのは、Room40 主宰であり、 アンビエント作品を山ほど出してゐる Lawrence English。

リサイクルショップで見つけてきた古いテープの拔粹にいろいろな樂器演奏を加へて作られたアンビエント作品で、 Lawrence English にリマスターを依頼するのも納得。 ドローン好きなくせにアンビエントはほぼ聽かないおれだが、これはなかなかよさげ。 何度か聽いてみて、氣に入ったらユニオンでレコード買はう。

2 月 14 日の lists は、 昨年末に亡くなってしまった Alvin Lucier のアルバム・ガイド。 なんだけど、Alvin Lucier のアルバムって、ここ最近のやつしか bandcamp にはないんですよね。 だから、選ぶのにはだいぶ苦勞したんではなからうか。

Alvin Lucier の作品で最も有名な I Am Sitting in a Room は、 最古のものから最新のものまでを網羅的に收めた 3 枚組 LP + 2 枚組 CD ボックスなどといふ狂氣の代物が Lucier 90 歳の誕生日にリリースされてゐるが、 資料的價値を求める人以外には不要だらう。おれだって要らない。 そもそも、この曲は録音と再生を繰り返すことで生まれる音の劣化やノイズを樂しむもので、 まあ、各時代の録音機器の記録にはなるかもしれないが、何度も聽くやうなものではない。 コンピとかにもよく收録されてるし、それで充分ですよ (もしコンピでいいやと思ふ人がゐたら、Source Records 1-6 を猛烈にプッシュしておく)。

個人的なおすすめは、1980 年の Music on a Long Thin Wire。 タイトル通り、長いワイヤーを張り、兩端にでかい磁石とサイン波オシレーターをつなぎ、 ワイヤーの振動をマイクで拾ったもの。 實際の演奏は、YouTube にある Lucier 85 歳記念フェスの樣子なんかを見るとわかる。

で、これ、長い金属弦なのだから、さぞかし低音でギラギラしたドローンになるんだらうなと思ったら、全然違ふ。 ドローンはドローンなのだが、非常に丸みのある音になってゐるし、 何かしら弄ると滿足できない結果になるとのことで、セットしたあとは放置されてゐるらしいのだが、 ちょっとした環境の變化にも反應して音が變はるので、 現代音樂では普通の、厳密に調和が計算されたもののリアライズとしてのドローン作品とは趣が異なる。 上に Lucier のことを書いたときにも触れたが、Lucier の音樂はいつも實驗的なのだ。

何年か前に Black Truffle から出たボックス に收録されてゐた、Charles Curtis 演奏によるその名も Charles Curtis の入ったアルバム、 Alvin Lucier / Anthony Burr / Charles Curtis も好きなアルバムの 1 つで、 先のボックスのタイトルも、このアルバムの 2 曲目に入ってゐる On the Carpet of Leaves Illuminated by the Moon から採られてゐる。 まあ、おれがこのアルバムを好きなのは、 La Monte Young の作品の演奏なんかでも知られるチェリスト Charles Curtis がゐるのと、 もう 1 人の演奏家である Anthony Burr の演奏する樂器が、おれの大好きなクラリネットだからなんですけど。

ぶっちゃけ、Lucier の音樂は、発振器となんらかの樂器によるドローンが主體なので、 自分の好きな樂器が使はれてゐるアルバムを買ふのがよい (最近リマスターで再發された Bird and Person Dyning はあんまりおすすめしない)。 昔はユニオンで安く中古 CD が賣られてゐたのでマメに買ひ集めてゐたが、 最近は實店舗に行かないのでわからない。 Noise/Avantgarde の棚、どんどん縮小されていったし…。

あ、音源ひとつも貼ってない! えーと、bandcamp にあるやつの中からなら、 Almost New York がいいかな。 これも Charles Curtis 參加してるしね。

2 月 16 日の features は Lemon Demon の Dinosaurchestra の再發特集。

Lemon Demon って誰だよって話ですが、 Neil Cicierega(片假名だと、シセリガって感じに發音する模樣)って人の音樂やるときの名義らしいですね。 どうもネットの活動で有名なコメディアンらしい。ハリー・ポッターのパロディ人形劇 Potter Puppet Pals シリーズとか animutation と本人が呼んでるフラッシュアニメとかで有名なんだとか。

で、その Lemon Demon 名義での最初の活動が、 Dinosaurchestra 收録の Ultimate Showdown of Ultimate Destiny って曲のフラッシュアニメだったらしい。

歌詞もアニメも莫迦々々しく、それでゐてキャッチー(英語でも catchy なんですね)。 英語ペラペラなら、面白いのかもしれない。 まあ、歌詞を完全に無視するおれにとっては、どうってことのない音樂になってしまふけど…。

2 月 17 日の features は、Etuk Ubong なる人の、earth music(自分の音樂をさう呼んでゐるらしい)について。

どれほど大層な音樂なのかと思ったら、さして尖ったところのないジャズだった。もうちょい個性出せよ。

2 月 23 日の features は Keeley Forsyth Is Applying Opera Voice Techniques to Drone なんてタイトルだったから、よささうぢゃん!と思って開いたが、ちっともドローンぢゃなかった。オペラっぽさも特になし。殘念。

2 月 24 日の resonance は、なぜか唐突な The Raincoats 特集。 なんで今さら The Raincoats?

おれは別にパンクについて特別な感情を持ってゐたりはしないのだが、 The Raincoats は大好きである。 Nirvana も好きでもなんでもないが、2020 年の EP に彼女らが書いてゐる通り、 Kurt Cobain の評價がなければ、The Raincoats をおれが知ることはなかっただらう。

The Raincoats の曲で一番好きなのは 1st に入ってゐる No Side to Fall In だ。 たった 1 分 49 秒の曲だが、キイキイいふヴァイオリン、主張の強いベース、コール & レスポンスとコーラス、 ドタバタ、ガチャガチャした曲調と、The Raincoats の魅力がぎゅっと詰まった名曲である。 しかし、改めて聽くと、下手くそだなあ。わはは。

まあ、The Raincoats について、おれが今さら付け加へることは何もない。 bandcamp daily の記事も、The Raincoats 聽いてると昔のことを思ひ出す、みたいなエセーだったし。

2 月 25 日の lists はなんと Pete Namlook 特集。 懷かしすぎてびっくり。

いやまあ、懷かしいとは云ったものの、おれ自身は Pete Namlook にほとんど興味はなくて、 聽いたことあるのはせいぜい Klaus Schulze との The Dark Side of the Moog シリーズをいくつかだけで、 しかもそれは自分で買ったわけではなく、アンビエント好きの友人が貸してくれただけだ。

そもそも、Klaus Schulze にしたってさうなのだが、 この人たちの作品はアンビエント寄りすぎるといふか、お上品すぎて、おれの好みとちょっとずれてゐるのだ。 せっかくシンセをたっぷり使ってくれるなら、もっとお下品にやっていただきたい。 まあ、それはいくらでも別の人がやってくれてゐるから、Pete Namlook や Klaus Schulze が好きな人たちのためにも、 彼らは彼らであってくれて全然いいのだが、改めて聽いたけど、やっぱ印象變はらんなあ。

2 月 25 日の label profile は、先日 John Tilbury 演奏による Terry Riley の作品集 Keyboard Studies をリリースしたり、昨年リリースの Number Pieces が高い評價を受けたりした Another Timbre の特集。

Terry Riley や John Cage の録音をリリースしてゐることからもわかる通り、 Another Timbre は現代音樂系のリリースを主體としてをり、Cage 以外では Morton Feldman の作品が多くリリースされてゐる。

ただ、さういった故人の録音はどちらかといふと少數で、多くは現代の現代音樂作家たちの作品である。 また、かつて日本に存在したオフサイトによく出てゐた人たちや、 その邊りとまとめて Onkyo 扱ひされてゐた即興演奏家たちの作品も多い(Annette Krebs とか)。 Hugh Davies の作品まであるのには驚く (Hugh Davies がどんな人かは説明すると長くなるのでググってください)。

興味深い音源がたくさんあるのに、レコードのリリースは一切なしで、CD とダウンロードのみ。 おれの中で CD はもう全然要らないメディアなので、ダウンロードでいいや!と割り切れるのもポイント高い。 ただ、ほしいもの多すぎて、どれ買ふか迷ふのが困りどころ。 セールとかしてくんないかなー。

2 月 28 日の album of the day は、 Acid Coco の Camino Al Mar の紹介。

Acid Coco はコロンビア在住の Andrea Olarte Toro と Paulo Olarte Toro の姉弟(あるいは兄妹)によるデュオで、 コロンビアの傳統音樂をチープなシンセサウンドで彩った音樂を作ってゐる。 これはこのデュオのセカンド・アルバムで、ファーストは 2020 年にリリースされた Mucho Gusto

何がすばらしいって、コロンビア音樂の陽氣さとチープなシンセの親和性。 一口にコロンビアの傳統音樂なんて云っても、いろんなものがあるわけだが、 どれも非常にうまく電子化されてゐて、シンセに全く不自然さを感じさせないのが見事。 マジでシンセの使ひ方がうますぎる。

おれの好きなシンセは、派手で下品なやつなので、Acid Coco のやうなものはあまり聽かない。 そんなおれをして、うまい!と唸らされるのだから、これはかなりすごいことですよ。 10 曲目とか、ファミコンか?ってレヴェルの音なのに、それが主役になってゐないバランスが實に憎い。 だって普通、かういふ音は「8 bit sound!」とかって現代では逆に主役扱ひなんですよ。 Acid Coco はさういふの全くなし。普通に、曲の一部でしかない。かっけえ~ (いやまあ、8 bit サウンドが主役になる音樂も好きなんですけど)。

ワールド・ミュージックと一括りにされる音樂って、 アップデートされない印象が強くてそれほどチェックしないんだけど、 ちゃんと更新する人はやっぱりゐるわけで、 かういふの聞かされると、思ひ込みで判斷せずにやっぱりちゃんとチェックしないとなあと反省させられる。 時間と氣力があればね…。

2 月 28 日は tape label report も。 しかし、どんだけテープレーベルあるんだよ。

これ、取り上げるかどうか迷ったのだが、最初に舉げられてたのが blue tapes だったので、取り上げざるを得なくなった。 ここのカセット、いくつか持ってるからね…。

このレーベルは、ちょうど今年で設立 10 年を迎へるそこそこ古いレーベルで、 かつてはカセットばかりリリースしてゐたが、今ではレコードのリリースもある (レコードで出てるのは x-ray シリーズだけだと思ふが)。

入門には、無料サンプラーである sonic blue シリーズがなんと 6 つもあるので、 それをダウンロードして聽くのがよいだらう。

個人的なおすすめは、x-ray シリーズ第 4 段の Mats Gustafsson による Piano Mating。 Mats Gustafsson といへば、The Thing や Fire! などで活躍するサックス奏者(バリトンが多め)だが、 サックス以外でも電子音樂やったり作曲作品があったりもする人で、 これは pianomate といふ樂器を用ゐたドローンもの。 發賣されたとき、試聽した瞬間に魅了されてすぐ注文しましたね、これは。 しかしこのレコード、7 年前のリリースで 500 枚しかプレスされてないのにまだ賣り切れてないのか…。 めっちゃいいのに…。

Notice Recordings は即興音樂ものを主にリリースするレーベルで、 Bill Nace だとか Okkyung Lee だとか Patrick Shiroishi だとか、 即興ものが好きな人なら絶對に知ってる人たちの作品がいろいろある。

おれがこのレーベルを知ってゐたのは、Rafael Toral の Space Collective 2 Live がここからリリースされてゐるからで、 殘念ながら今はデジタル音源しか買へない。 カセットの入手を諦めきれないので買ってゐないのだが、まあ無理だよなあ。 そのうち買ひます。

Zoomin' Night は北京のレーベルだが、 杉本拓の作品をリリースしてゐたりする、ものすごいレーベル。

何がすごいって、杉本さんの作品はとにかく賣れないことで有名だからだ。 なんたって、音がほとんど入ってゐない。 おれもさっぱりわからないので、ほとんど聽くことがない。

もちろん、そんな作品ばかりをリリースしてゐるといふわけではなささうで、 フリージャズバンドの Kiyasu Orchestra のデビュー作のカセット版リリースなんかもある。 まあ、カセットは賣り切れてるんだけど。 CD 版はまだ買へる。

たぶん、Kiyasu Orchestra はこのレーベルのリリースでは一番と云っていいほどとっつきやすい作品で、 あとはほとんど即興を追ひかけてる人でないと樂しめないだらうものばかり。 昔なら熱心に聽いたかもしれないけど、今はちょっと辛いなあ。

2 月 28 日の best country は普段ならスルーする記事なのだが、 ひとつだけいいアルバムがあったので、それだけ紹介しておく。

Erin Rae って人の Lighten Up ってアルバムなんだけど、 これ以外に舉げられてたアルバムの、いかにもカントリーって音とは違ひ、 これはカントリーといふよりフォークだ。

それに、冒頭の何曲かは、「え、その曲にその音?」みたいな、 音の選び方への違和感があって、それが面白かったのだが、 アルバム後半は妥當な音ばっかりで殘念。 どうせなら Eric Chenaux みたく振り切れてくれればよかったのになあ。

といったところで、2 月分のチェックはお終ひ!  全くチェックしてゐなかった割にそこそこ早くチェックし終へたが、 先月分の記事でアルバム出してくれ、と書いた Afrorack が、 ほんとに Hakuna Kulala からアルバム出しちゃって、 いまいち大人しいな?なんて購入を迷ってたらカセット賣り切れちゃったりしてるので、 今後の分も早めにサボらずチェックしないといかんな、との思ひを新たにしたところで、また次囘。

*1:Eddie Cooley と Otis Blackwell 作曲の同名曲のカヴァーばかりを收録したコンピ。 Ultra Eczema は特定曲のカヴァーだけを收録したコンピをいくつか出してをり、 外には PopcornLa Bamba などがある。

bandcamp daily: January, 2022

bandcamp daily のチェックが面倒になったのは、 これを書き始めたからだ。 一言コメントみたいのつけるのが大變すぎて…。 でも、これを怠ると新しい音樂との出會ひを逃す羽目になるので、 今後はなるべくサボらずがんばります。

1 月 5 日の lists は Jack DeJohnette の作品いろいろ。

Jack DeJohnette といへば、現代最高のジャズ・ドラマーの一人と紹介されることが多いのだが、 若く達者なジャズ・ドラマーが次々と脚光を浴びてゐる現代において、 1960 年代から第一線で活躍し續けてゐるドラマーは、もう DeJohnette ぐらゐしか殘ってゐない。

個人的に、Jack DeJohnette といへばやはり Bitches Brew を始めとする、 Miles Davis のアルバムへの参加が印象深い。 そもそも Miles が DeJohnette を見出したのは、Bill Evans Trio のドラマーを務めてゐた頃で、 その引き拔きの所爲で、Jack DeJohnette を擁した Bill Evans Trio の作品は、 長らく At the Montreux Jazz Festival のみだったのが、 Resonance Records の發掘により、 今は Some Other TimeAnother TimeLive at Ronnie Scott's と 3 作品も新たに聽けるものが増えた。 Another Time は、bandcamp daily のこのリストでも最初に紹介されてゐる。

その他、Keith Jarrett とのスタンダードトリオ(Gary Peacock は亡くなってしまったし、Keith Jarrett も復帰は絶望的になってしまった…)や、 Jeff Beck の Wired や Mahavishnu Orchestra への参加で有名な Jan Hammer とのアルバム、 King Crimson の Tony Levin と一緒にやってる Dewa Budjana のアルバムなどなどが紹介されてゐるが、 スタンダードトリオを除けば、フュージョン寄りのものが多くて、ちょっとおれの好みからは外れてゐる。 Jack DeJohnette のフュージョンものといへば、Gateway でせうがあああああ (ECM が bandcamp でリリースしてないのが惡いんだけど)。 Pat Metheny、Herbie Hancock とやった Parallel Realities とかもいいよね(これまた bandcamp にはない)。

1 月 6 日の album of the day は Abiodun Oyewole の新作 Gratitude のレヴュー。

Abiodun Oyewole は世界初のヒップホップ・グループとも云はれる The Last Poets のオリジナル・メンバーの一人だが、 The Last Poets が poets を名乘りながらもヒップホップ扱ひされるのは、 彼らが單に音樂の上で詩を朗讀するのではなく、 明確にフロウが存在したからだ。

The Last Poets の音樂自體はアフリカらしいパーカッシヴなもので、 今日のヒップホップ要素は別にないのだが、 今囘の Gratitude はもう完全にヒップホップ。 それも、ソウルや R&B なんかと區別できないスタイルの、實に現代的なヒップホップである。

もちろん、ラップ自體はかつての勢ひあるフロウもなければ、最先端のテクニックがあるわけでもなく、 寧ろ詩の朗讀に近づいてはゐる。 ポジティヴに捉へれば一周廻って現代的と云へなくもないが、 まあ、そこに期待して買ふアルバムではなからう。 でも、バックトラックすごくいいし、おすすめ。

1 月 6 日の features は Chris Dave 特集

Chris Dave といへば、現代ジャズを聽く人で知らない人はゐない有名人である。 最近のジャズは注目を集めるドラマーがたくさんゐるが、 これほど多くのドラマーが光を浴びてゐる状況は、 ジャズの歴史で初めてではないかと思ふ。 さうしたドラマーの中で最も有名で、恐らく最も早く世に知られたのが、この Chris Dave だと思ふ。

まあでも、それはジャズのメインストリームの話で、 殘念ながらおれはメインストリームのジャズをほとんど聽かないので (だって、なんかフュージョンっぽいし軟派な感じするんだもん…)、 Chris Dave がドラムを叩いてゐるアルバムなんて我が家には 1 枚もない (宇多田ヒカルのアルバムでも叩いてるらしいですね)。

で、この機會にちゃんと聽いてみるか!と思って聽いてみたけど、やっぱりどうでもいいや…。

ちゃんと聽いたことがないといへば、 1 月 10 日の lists で取り上げられてゐた Sun Records もちゃんと聽いたことはない。

いや、だって、Sun Records っていったら Elvis Presley であり、Carl Perkins であり、 Jerry Lee Lewis であり、Johnny Cash であり、Roy Orbison である。 全く知らないわけではもちろんないが、といって詳しく知ってゐるわけでもない。 だって、さすがに古すぎる。 おれの大好きな Johnny Cash ですら、 この時期のってどれも同じに聞こえるんですよね…。

1 月 11 日の features は、なんとアメリカのインディープロレスについて。 AEW(All Elite Wrestling)って團體の各選手のテーマ曲を作ってる Mikey Rukus なる人物がゐるらしく、 その人の特集である。マニアックすぎる…。

プロレスには全く興味がないので知らなかったのだが、 この AEW って團體はかなり新しいみたいですね(2019 年に旗揚げ)。 WWE 一強だったアメリカ・プロレス界に旋風を卷き起こしてるんだとかなんとか。 なるほど、プロレス・ファンにとってはマニアックな話題でもなんでもないのね。

肝心の音樂のはうは、おっ!と思ふやうなテーマ曲はありませんでした。殘念。

1 月 12 日の album of the day は、 寺田創一の、なんと 25 年ぶりの新譜 Asakusa Light のレヴュー。

寺田創一って誰だよ、と思ふ人のはうが多からうが、 プレステのゲーム、サルゲッチュ・シリーズの音樂を手掛けてゐた人である。 なんでも、6 年前に彼の作品をまとめたコンピを自身のレーベルから發賣し、 それが海外でも評價されたんだとか。

音樂的には普通のハウスなので、 ハウスはアシッドぢゃなきゃヤダ!と思ってゐるおれは買はないが、 サポーターのコメント見ると、古くからのファンと思はれる人たちが喜びまくってゐてなんだかこっちまで嬉しくなってしまふ。

1 月 12 日の features はアルバム出しまくりのガレージサイケバンド、Thee Oh Sees のガイド

サイケ好きを自認するくせに、Thee Oh Sees はさして好きでもないおれだが、 要するにあれです、ガレージバンドにあんまり興味が持てないんですね。 昔さんざん聽いたし、ガレージバンドって、似たやうなのばっかりなんですよ。 どうせサイケやるなら、もっとぶっ飛んでラリパッパであってほしい。 Thee Oh Sees はパフォーマンスはぶっ飛んでるけど、音樂はそこまでぶっ飛んでないからね。

ちなみに、たった 2 つしか記事がないのに、 そのうち 1 つがこの Thee Oh Sees および Thee Oh Sees の面々によるレーベル Castle Face Records について詳しく書かれたもの、といふブログが存在する。 Thee Oh Sees に興味ある人は、bandcamp の記事よりこっち讀んだはうがいろいろわかっていいんではないかな。

1 月 13 日の hidden gems は Gallo Lester による Mambo Metal La 2da Venida のレヴュー。

なんでも、Gallo Lester といふのは Raymond Jáquez なる人の變名らしいのだが、 そもそも Raymond Jáquez を知らない。ドミニカの人らしいが。

大體、マンボ・メタルってなんだよと思ったが、聽いてみたら確かにこりゃマンボ・メタル。 あまりにもマンボ・メタルとしか呼びやうのない音樂で思はず笑ってしまった。 全體的にはメタルっぽい曲より Nyege Nyege を想起させる高速ヒップホップが多く、 それらはなかなかいいのだが、ギターが無駄にメタルっぽかったりして、やっぱり笑ふ。 これは Gallo Lester 名義の 3 作目らしいが、前 2 作がどんなだったのかも少し氣になる。

1 月 13 日の album of the day は Anna von Hausswolff の Live at Montreux Jazz Festival

正直、Anna von Hausswolff が bandcamp daily で扱はれるやうなアーティストになった、といふのが驚きだ。 なぜって、Anna von Hausswolff は二世アーティストなのだが、 その父親である Carl Michael von Hausswolff がそもそもめちゃくちゃマイナーなので、 娘がデビューするなんて思はなかったどころか、結婚してたのかよ!ってレヴェルなのだ。 ほんと、初めて Anna von Hausswolff の名前を見たときは、まさかと思ひましたよ。

そんな、ほとんど知られてゐないマニアックなドローンおよびサウンド・アーティストな父親を持つ Anna von Hausswolff だが、 彼女のやってゐる音樂は、父親のものよりはファンが多そうな、ざっくり云へばゴシック・メタルだと思ふ (メタルには詳しくないので、もしかしたら違ふのかもしれないが)。

なんでドローンばっかやってる父親の娘がメタルへ行ってしまったのかはさっぱりわからないが、 まあ、親父さんよりは賣れてるやうで何よりである。 おれはメタルのほとんどをダサいと感じてしまふので、これも例外ではなく、 今後も Carl Michael von Hausswolff のアルバムを買ふことはあっても、 娘さんのアルバムを買ふことはないと思ふが、 そのうち親子で共演とかしちゃふのかなあ。だったらやだなあ。

1 月 18 日の features は、共演作をリリースした Bill Callahan と Bonnie "Prince" Billy へのインタヴュー。リリースは 2 人のアルバムをリリースし續けてきたおなじみ Drag City から。

フォークを基調としながらも、ただのフォークでは濟まないサウンド・プロダクションが施されてをり、 Bill Callahan と Bonnie "Prince" Billy の、といふよりは Drag City といふレーベルの音樂をたっぷり樂しめる。

ゲストも多彩で、19 曲のそれぞれに別々のゲストが參加してゐる。 多彩とは云ったものの、Drag City をよく知る人には馴染み深い面々ばかりで、 そこもまた、このアルバムが Drag City の見本のやうに感じられる一因である。

Drag City はインディーの中ではでかいといふか、 すぐに買はなくてもレコードが賣り切れたりしないレーベルなので、 最近はいいアルバムがあってもそのうち買はう、と後囘しにすることが多かったのだが、 かうやって聽くと、いつか買ふリストに押しやって放置した儘のアルバムを思ひ出してしまふ。 やっぱり、ちょこちょこ買はないとなあ。

1 月 19 日の label profile は、音樂雜誌 Audion の紹介。

bandcamp って雜誌も賣ってんですね。 確かに、マイナーな音樂雜誌だと雜誌に無料のサンプラー CD がついてくるものを見かけるが、 これはその最新型とでも云へばいいのだらうか。 雜誌はテキストファイルと PDF で提供され、フリー CD の代はりに bandcamp で落とせる音源がついてくる。 雜誌って嵩張るのが最大の缺點なので、これはかなりありがたい仕樣だ。

Audion の創刊は 1986 年で、2013 年に第 58 號が出るまで續いた。 この雜誌は、Steve と Alan の Freeman 兄弟によって作られてゐて、 二人は Ultima Thule といふレーベルおよび同名のレコード屋を運營してゐたのだが、 レコード屋の實店舗閉店に伴って、雜誌も廢刊になってしまった。

以後、Facebook 經由で細々とレコードの通販をしてゐた Alan は、 印刷費用の高騰から Audion の復刊を求めるファンの聲に應へられずにゐたが、 コロナでロックダウンになった際に、Audion のバックナンバーをスキャンし、 PDF として bandcamp にアップロードを始めた。 bandcamp でリリースするために、空の音樂ファイルを沿へて。

すると、それらの號にサンプル音源を提供してゐたバンドのいくつかから連絡があったらしい。 「なんでサンプル音源をアップしてないんだ?」って。 そのお蔭で、Audion は復刊した。

いやあ、感動的。今風に云ふならエモい。兄弟でやってるとか、ほんとエモくないっすか?

2022 年 5 月現在の最新號は第 68 號で、バックナンバーもすべてアップロードされてゐる (しかもほぼ全部サンプル音源つき!)。 第 0 號から第 10 號までは、ネットに無斷でアップされたデータを流用したものだが、 將來的にはきちんとしたものがアップロードされるらしい。 なほ、第 0 號から第 10 號までのサンプラー音源は The Crack in the Cosmic Egg の DVD-rom 版に收録されてゐるとのこと(DVD-rom 版と書いてあるが、PDF のみのバージョン以外、つまり rom download 版USB 版にも收録されてゐるっぽい)。

雜誌 Audion だけでなく、 上に書いたクラウトロックを網羅的に紹介した The Crack in the Cosmic Egg や、 Nurse with Wound のガイド The Audion guide to Nurse With Wound といった書籍もある。 現在は、新たな書籍 A Fistful of Spaghetti 發刊のためのクラウド・ファンディングを實施中。 名前からわかる通り、イタリアのプログレや實驗音樂についての書籍になるらしい。 Area は當然として、Giacinto Scelsi のこととかも書かれるのかな。だったらちょっとほしいぞ。

Audion が扱ふ音樂は、 ちょっと古めのプログレやインダストリアルが中心なので、最新音樂の情報を得るには向かない。 でも、この邊の音樂って、普通の音樂に慊らない人間にとっては基礎教養とも云へるものなので、 かうやって情報をまとめてくれるのは大變にありがたい。 英語を讀むのはしんどいけど、よさげなのはちょっと買ってみやうかなあ。

1 月 20 日の lists は「がらくたから魅力的な音樂を作り出すミュージシャン」特集。

Nyege Nyege のコンピ にも參加してゐる Afrorack こと Brian Bamanya は、なんと自分でモジュラーシンセを作ってしまった恐るべき男。 中身は古いコンピュータなどのリサイクルらしい。DIY 精神すごすぎる。

モジュラーならではのミニマルな反復とアフリカ的なリズムの親和性がすばらしい。 めちゃくちゃ好みなので、もっとたくさんトラック作ってアルバム出してくれえ。

バンド名がそもそも「ゴミからできた音樂」を意味するらしい Fulu Miziki は、 われわれがアフリカと聞いて安易に思ひ浮べてしまふやうな、有機的で細かく刻まれるリズムをチープな機材で實現してみせてゐる。 「いい音は結局金(をかけたもの)」といふ Phew の言葉はきっと正しいが、 いい音だからいい音樂になるわけではないし、いい音でないからいい音樂にならないわけでもないのが音樂のいいところだ、 といふ單純な事實を示したかういふ作品がリリースされ續けてゐて、 その氣さへあれば、それらにかなり簡單にアクセスできる現代は、とても惠まれてゐると思ふ。

かつて一世を風靡した(?) Konono N°1 の Congotronics ももちろん紹介されてゐる。 エレクトリック親指ピアノで有名な Konono N°1 だが、 彼らの使ってゐるアンプ類などはどれも廢品リサイクルなのだ。

個人的に、Konono N°1 はあまりテンポも早くないし、 ちょっと音が優しすぎてあまり好みではなかったため、當時から熱心に聽くほどではなかったのだが、 今かうして改めて聽いてもあんまり印象變はりませんね。

Agente Costura こと Lisa Simpson は、なんとミシンを電子樂器にしてしまった人。 ミシンとしての機能を失ったわけではないので、服を作りながら音樂をやる、といふ意味不明なステージ。 ぶっちゃけ、bandcamp でリリースされてゐる音源を聽いたところで、 その衝撃の 1/100 も傳はらないので、取り敢へずライヴ動畫を見てもらひたい。

ミシンといふと、つい Nurse with Wound のデビュー・アルバムのタイトルにもなった Le Comte de Lautréamont の有名な詩の一節、「解剖臺の上でのミシンと雨傘との偶發的な出會ひ」を想起してしまふが、 ミシンと音樂でこんなシュールな光景が展開されるとはロートレアモン伯も思はなかったに違ひない。

どうせならライヴで見たいが、まあ來日する可能性はゼロでせうね…。

アルゼンチンの Law Cant こと Laureano Cantarutti は、 なんと南米全土から、音の出るおもちゃを改造して作った樂器による音樂(circuit bending といふらしい)ばかりを集めたコンピを作ってしまった奇人。 よくこんなに集めたな…。

藝術性なんかはまるで感じられない、 樂しいのはやってる本人だけなのでは?みたいな聽くだけ時間の無駄と云っていいやうなトラックがほとんどではあるのだが、 たまに面白い曲が入ってゐるので侮れない。 素材をうまく組み合はせたのであらう 12 曲目、編者本人による、他の曲とは一線を劃す凝った出來映えの 13 曲目、 EVOL の沒曲と云はれたら騙されてしまひさうなクソシンセ作品の 20 曲目、 アンビエントなエレクトロニカとして成立してゐる 22 曲目、 もうちょっとがんばったらクラウトロックになりさうな 25 曲目、 DJ 的なつなぎを見せる 28 曲目、 Pan Sonic を想起させるミニマル・テクノな 29 曲目、 もとがしょぼい玩具であることを逆手に取った強迫的ミニマルの 31 曲目、 ゲーム音樂として使はれてゐても全く違和感のない 33 曲目と、けっこういいのもあるのだ。 無料でこんだけ入ってるなんて、かなりお得なコンピですよ。

1 月 24 日の album of the day で紹介された Mydreamfever の Rough and Beautiful Place は、bandcamp daily にしては珍しく、感動を煽ってくる感じのネオクラシカル。

個人的には全く好みではないどころか、 わざとらしく仰々しいまでに感動と美しさを押しつけてきて、オエッとなるレヴェル。 子どもの聲入れてるトコとかホントあざとい。 まあ、なんかかういふのが取り上げられるのは珍しい氣がしたので、一應、紹介だけしときます。

1 月 25 日の album of the day はベルリンの Pan Daijing なる人によるオペラ Tissues のための音樂。

聽き始めた段階では、ちょっとお上品すぎる感じがして、 ケチをつけるために引き續き聽いてゐたら、 Meredith Monk を思はせるヴォイス・パフォーマンス、ドローン、電子音とおれの好きな要素が次々と追加されてきて、 ケチをつけるどころではなくなってしまった。 くっそー、さういふ構成はずるいぞ…。

と思ったら、これ PAN から出てるのかよ! 道理で。

PAN はかつては硬派な電子音樂ばかり出してゐた大好きなレーベルだったのだが、 いつの頃からか、かなりポップな電子音樂ばかり出すやうになり、ここ何年かは追ひかけなくなってゐたレーベルである。 しかし、今でもかういふ良作をちゃんとリリースしてるんですねえ。 スルーしてたアルバム、チェックし直さなきゃいけないぢゃないか…。

1 月 25 日の features で紹介されたのは、 Tanya Tagaq の Tongues

Tanya Tagaq はイヌイット流喉歌の歌ひ手で、 Mike Patton もゲスト參加してゐた Björk のヴォイス中心アルバム Medúlla にも參加してゐた。 この人が有名になったのは、その Björk のアルバムのお蔭なんだが、 そもそも Björk はどこからこの人をどこから見つけてきたんだらう。アンテナ高すぎでせう。

このアルバムの驚くべきポイントは、プロデューサーが Saul Williams、ミックス擔當が Gonjasufi ってこと。 實際、聽いてみるとどの曲も端々から Saul Williams 要素と Gonjasufi 要素が感じられる。 それもそのはず、bandcamp ではわからないが、 演奏のほとんどは Gonjasufi が擔當してゐるし、 Saul Williams もシンセのプログラミングと作曲で參加してゐる。

おれは Saul Williams も Gonjasufi も好きなのだが(特に Gonjasufi 大好き)、 さすがにプロデュース作品とか、演奏で參加してる作品まで熱心にチェックしてゐるわけではないので、 bandcamp が紹介してくれなければこれは見落とすところだった。 いやあ、bandcamp daily 樣々である。

1 月 26 日の scene report は、「知られざる中國インディーポップの世界」と題された、中國インディーポップの紹介記事。

まづ氣になったのはこれ。

いやまあ、確かにポップだけど、これはジャケも中身も、ポップスといふよりは vaporwave だろ!! 近年のシティーポップブームの所爲で、かういふの vaporwave に掃いて捨てるほどあるぞ。

もうひとつ氣になったのは、Chinese Football なる連中のデビュー作。

若人に聽かせたくなる爽やかさがとにかくすばらしいが、 癖が強く爽やかさとは縁遠いと思ってゐた支那語でここまで輕やかなヴォーカルなのは見事。 こんなあっさりした支那語、聽いたことない。

もちろん、ヴォーカルだけでなく、拔けのいいドラム、 ほとんどは單純なフレーズでありながら、要所ではぐいぐいと曲を引っ張っていくベース、 爽やかさの大部分を演出してゐるギターのどれもいい。 こんなバンドがあまり知られてないのは、ちょっともったいないですね。

1 月 31 日の album of the dayJohn Patton の Soul Connection

オリジナルは 1983 年に發賣されたアルバムで、中身はオルガン・ジャズ。 實は私、ハモンド・オルガンの音色に目がなくて、 Jimmy Smith とか大好きなんです。

このアルバムは、1983 年に發賣されたものでありながら、 當時のジャズにほぼ必ず入ってゐたフュージョン要素やディスコ要素は皆無で、 旧きよきモダン・ジャズ。 當時は全く賣れなかったであらうことは想像に難くない。流行りガン無視ですからね。

個人的な好みで云ふと、 やっぱりオルガンが映えるジャズって、明るく輕快なナンバーか、 ソウルフルなもの(特にファンク)かなんですよ。

でも、オルガン・プレイヤーだって人間なので、 さういふ曲ばっかりやってくれるわけぢゃない。 だから、オルガンが好きでも、オルガンが入ってれば全部よし!とはならないんだけど、 このアルバムはオルガンのよさを活かす曲ばかり。 しっとりした曲は最後だけ。心憎い構成だぜ…。

ギタリストがゐるのもいい。 オルガンとジャズ・ギターの相性ってめちゃくちゃいいと思ふんですよ。 オルガンはピアノと違って持續音を出す樂器なので、 曲の間を塗りつぶしてしまふんですね。

管樂器も音は切れるんだけど、 音の太さだったり、なんだかんだで長いフレーズを吹いたりするので、 間を強調することにかけては、あまり役に立たない。

そこへ、スタッカートの効いたギターですよ。 これが入るだけで、曲に隙間ができ、輕快さが格段にアップする。 その輕快さで、オルガンの魅力がますます引き立つ、といふわけ。 いやあ、やっぱオルガンとギターは、最高やな!

1 月 31 日は tape label report もあった。

なんと 13 年も續くレーベルで、毎年コンスタントに 50 作品以上をリリースしてゐる Already Dead からは Dere Moans のコラージュもの a dereliction

面白いは面白いんだけど、この系統はうまい人たくさんゐるからなあ。 これ買ふより先に、John Oswald の Mystery Tapes シリーズ揃へたい。

次に紹介されてゐる Blue Hole Recordings はギターものを中心に扱ふレーベル。

アクースティックでブルージーなものが多く、故 Jack Rose を髣髴とさせるやうなものもある。 個人的にはこのレーベルが一番好み。Jack Rose 大好きだから。

この系統は Jack Rose と John Fahey が偉大すぎて、 似たものを探してはがっかりする經驗ばかりだったので、 いつしか探すのもやめてしまったのだが、 このレーベルはかなりいい。 時間があるときに全部じっくり聽いて吟味したい。

Not Not Fun は昔からちょいちょい賈ってゐるレーベルなので、 まさかこんなところで紹介されるとは思はなかった。 なんといふか、外に紹介されてるレーベルより自分の中ではずっとメジャーだったので…。 メルマガずっと購讀してるし。

おれの個人的な事情はともかく、Not Not Fun の特色はなにかといふと、サイケである。 だからこそ、おれが昔から追ひかけてゐるのだが。

bandcamp daily の記事で舉げられてゐるアルバムは SiP のものと Skeppet のものだが、 おれが好きだったのは Ensemble Economique。 なんでって、シンセたっぷりだから!

しかし、Not Not Fun はテープレーベルって印象全然ないな。 普通に LP もリリースしてたから。 うちにある Not Not Fun のアルバム、LP ばっかりだよ。

とまあ、こんなところで 1 月はお終ひ。 いやあ、久しぶりに一月分書き上げたけど、大變だった。 メモが殘ってたからなんとかなったけど、 2 月以降はまだ 1 つも記事開いてない。やべーぜ…。

でも、改めて聽いたらやっぱり完全にスルーするとここでしか知ることのなささうなアルバムを見逃す羽目になるのはよくわかったので、 ちょくちょくチェックしていきたい所存です。 ではまた。

Barotrauma

https://barotraumagame.com/wp-content/uploads/2020/03/Barotrauma-Steam-1024x576.jpg

No Man's Sky の大型アップデートが來たので、 そっちをやるぞと思ってはゐつつもやめられないゲームがある。 この Barotrauma だ。

どんなゲームかと問はれると、答へるのが難しい。 潛水艦クルーになり、基地へ寄港しながら先を目指すゲームではあるのだが、 なんといふジャンルに該當するのかがわからないのだ。 シミュレーションとは違ふし、サバイバルといふわけでもない。 どちらの要素もあるが、探索がメインのやうな氣もする。

實際のゲーム畫面はこんな感じである。

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かういふ 2D 畫面で、クルーを操作しながら、ミッションをこなし、次の基地へ向かふ。それがすべて。

ちなみに舞臺は木星の衛星エウロパで、 實際どうなのかは知らないが、このゲームでは氷に被はれた世界であり、 基地もまた氷の下に作られてゐるため、太陽を拝むことはない。 潛水艦が舞臺のゲームではあるが、潛水艦を降りても、暗く陰鬱だし、基地の外へ出ることもできない。

ミッションは海の底に沈むアーティファクトの囘收、人類を脅かす巨大魚や海賊との戰鬪、 人物や貨物の輸送などいろいろある。 アーティファクトの囘收は船外活動が必要で、 そのミッションがなくとも、貴重な物資を手に入れるために船外活動を行ふことはある。

で、このゲーム、やたら難しい。

潛水艦は公式で用意されてゐるのだが、これがもう、どれもこれも評判がよくない。 そのため、多くのプレイヤーは steam ワークショップに公開されてゐる潛水艦を MOD として導入することになる。 が、コアなプレイヤーは、ゲームに付屬してゐる潛水艦エディタを用ゐ、自前で潛水艦を用意する。 このエディタ、なんと潛水艦だけでなく、自キャラや敵といったものまでエディットできてしまひ、 使ひこなせれば、ゲームのかなりの部分が弄れるやうだ。 實際、エディタを 24 時間使ふ、なんて實績もある。

ゲームとしては、とにかく壊れやすい潛水艦のメンテナンスに氣を配り、 襲ひくる敵を殲滅し、目的地に辿り着くだけなのだが、 どれも思ったやうにうまくはいかないため、毎囘ひいこら云ひながらクリアする羽目になる。

なのに、これが滅法樂しいのだ。

そもそも、ゲーム内容が複雜なため、 最初はできることがほとんどない。 チュートリアルは不親切だし、程度の低い機械飜譯は何を云ひたいのかわからないことがしょっちゅう。 日本語の情報もあまり充實してゐないし、 なんならメインメニューには「気圧障害 wiki」と書いてあるほどで (氣壓障害とは、このゲーム Barotrauma の譯語だが、 そこ譯されちゃったらわけわかんないんだよなあ)、 とにかく、何をどうしていいのかさっぱりわからない。

それが、やればやるほど知識が増えていき、できることも増える。 金で解決するしかないと思ってゐた問題も、金で解決できるものばかりでないことがわかったり、 金で解決できないものは自力で解決できることがわかったりする。

そして、さうやって知識が増えれば増えるほど、やっぱりわからないことも増えていく。 アーリーアクセスの癖に、やたら奥が深いゲームなのだ。

それを四苦八苦しながら、友だちとクリアしていくのは、とても面白い。 ソロでもできなくはないバランスのやうだが、これは友だちとやるのが絶對にいい。

今日なんて、治療のためにフェンタニルといふ鎭痛劑を使ったら、 これが阿片系の藥で、ばっちり阿片の離脱症状になり、 なんと幻覺・幻聽に襲はれた。 潛水艦の中で火災が發生したので慌てて消火活動に勤しんだのだが、 友人は「いや、火事なんて起こってないから」と涼しい顏。 なに云ってんだ!と消火器を抱へてバタバタしてゐたのだが、 實際は離脱症状の所爲でおれにだけ見えてゐた幻覺だったといふオチ。

いやあ、ビビりましたね。まさか、ゲームの中で、自分の頭だけがおかしくなった状態を經驗するとは思はなかった (阿片系の鎭痛劑を使ったら、ナロキソンで離脱症状を緩和しなくてはならないらしい──知らんがな!)。

そんな感じで、いろんなことが細かく設定してあり、落ち着きのない潛水艦生活を堪能できる。 閉所恐怖症のケがあるおれは、現實でこんなこと絶對にごめんだが、ゲームなら笑って見てゐられる。 週末には discord で毎囘ゲームを開催してくれる日本人の方もゐる。 バグはあるし AI もバカで、飜譯はひどいものだが、それを補ってあまりある面白さがある。 これだけ書いてて、面白さの 1/100 も傳はってないなと感じるので、 この駄文でもし興味を持った人がゐるなら、是非買って、やってみてほしい。 ちょっと知識がつくまで遊べば、そのあとはずぶずぶとこのゲームの虜になるはずだ。

Caterina Barbieri: Fantas Variations

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ちょうど 1 年ほど前に出たアルバムを今さら取り上げてすみません。 發賣されてそんなに經たないうちからずっと聽いてはゐたんだけど、 最近とみにこのアルバムいいな、と思ふやうになったので。

無料で聽ける音樂が溢れてゐる所爲で、 ちょっと試聽してだめならすぐ飛ばすといった判斷を下される厳しい世界を戰ひぬく音樂ばかりになってしまったが、 やっぱり何度も何度も聽いてよさが傳はってくるアルバムは長く樂しめていいですよ。 そもそも、何度も何度も同じものを聽く人が減ってるんでせうけど (ちなみに、最近やっとよさがわかるやうになったアルバムは Kanye West の My Beautiful Dark Twisted Fantasy。今さら!)。

さっきアルバムと書いたけど、これはちょっと特殊なアルバムだ。 タイトルにある variations は、大抵は「變奏曲」と譯される語だが、 これは平たく云へば、Caterina Barbieri の Fantas といふ曲のリミックス・アルバムである。 もとの曲は、2019 年に發賣された Ecstatic Computation の 1 曲目に入ってゐる。

おれは普段、リミックス・アルバムを買はない。 そもそも、リミックスといふのが好きではないのである。

なんでって、理由は單純で、 リミックスと云っておきながら、ほとんどのものは元の曲をネタにして、擔當者が音を附け加へまくってゐて、 元の曲は臺無しになるし、擔當者のオリジナルでもないから、そのリミックス擔當者のよさが十全に發揮されるわけでもない。 結果、どっちにとっても得のない、無價値な作品ばかりが量産されることになることが多い。

だといふのに、この Fantas Variations はどれもこれもすばらしい。 元の曲がそれほど主張の強い曲でないからなのか、 それともリミキサーたちの腕前が優れてゐるのか、原因はわからないが、 普段リミックス・アルバムなんて出さない mego から出てゐるのも納得のすばらしさ。 ともかくこのよさを傳へたいので、全曲解説する。 *1

1 曲目を擔當する Evelyn Saylor は、購入できる作品がこのアルバムのこの曲しかないやうな人で、 普段はダンスのための音樂や映畫音樂、インスタレーション作品のやうな、 音樂だけで完結しない作品ばかり作ってゐるやうだ。 この曲は、まるで Meredith Monk のやうな美しいコーラス・ワークを樂しめる作品で、 どうも公式サイトの works を見ても現代音樂っぽい曲が多そう。 買へる形で作品出してください。

2 曲目を擔當する Bendik Giske はサックス奏者だが、 ジャズやクラシックではなく、アンビエントに分類されるやうな曲を一人でやってゐる。 サックスのキーを叩く音を打樂器的に使ふのも特徴のひとつと云へるだらう。 この曲は、サックス奏者かつミニマル・ミュージックの大家である Terry Riley の初期作品 (Dorian Reeds とか Poppy Nogood とか)を思はせるものになってゐるが (Terry Riley、いま日本在住らしいですよね)、 それでゐてきっちり元の Fantas であるのが見事。 最初に聽いたときは、「Terry Riley やんけ!」としか思はなかったが、 聽けば聽くほど Fantas が滲みでてきて唸らされる。

3 曲目のリミキサー Kali Malone は最近のドローン界隈だと Sarah Davachi と竝ぶ期待の新星なので、 知ってゐる人も多いのではなからうか。 Fantas のオリジナルが收録された Ecstatic Computation と同じ年にリリースされた パイプオルガンによるドローンアルバム The Sacrificial Code は いろんなところで絶贊されてゐたし、 その 2 年前の Velocity of Sleep も再發されるたびに賣り切れてる印象。 おれ個人的にとっては、Sarah Davachi はポップすぎるし、 Kali Malone はサイケさが全くなくてどちらも買ふほど好きにはなれないアーティストなのだが、 このリミックスは文句なし。 やってることはいつもの Kali Malone なのにこんなにいいのは Fantas の旋律のよさゆゑか?  使用樂器がオルガンなのも、Kali Malone といふよりなんか Philip Glass っぽくなってるし。 このトラックがアルバム通して一番好き。

Meredith Monk っぽいアレンジ、Terry Riley っぽいアレンジ、Philip Glass っぽいアレンジときてエレキギターがきたら、 そりゃ Steve Reich っぽいアレンジになるよな、といふ豫想を全く裏切らない 4 曲目のリミックスを擔當するのは Walter Zanetti。 Paganini やってたりするので、どうもクラシック・ギターが本業の人らしく、 Caterina Barbieri のギターの先生でもあるとのこと。 ソロ名義のアルバムなんかは皆無で、演奏者の一人として参加したアルバムがいくつか見つかる程度。 そんな人から、なんでこんな Steve Reich っぽいアレンジが生まれたのかはわからないが、 わざわざ聲をかけたぐらゐなんだから、さういふ嗜好の人なのかもしれない。

と、なんだか古いミニマル・ミュージックの回顧展みたいな趣だった流れをぶち壊してくれるのが 5 曲目。 擔當者は Jay Mitta で、彼はこのブログでも何度か名前を出したウガンダの Nyege Nyege からアルバムを 1 枚出してるだけ。 Nyege Nyege なので、もちろんシンゲリで、このトラックのタイトルも Singeli Fantas とわかりやすい。 いきなりのシンゲリに面喰らひはするが、おれはシンゲリ大好きなので素直に嬉しいし、 がっつりシンゲリを載せられても Fantas の根幹が搖いでゐないのもすごい。曲の強度が生半可ぢゃねえぜ。 強烈なインパクトがあるので、このアルバムのことを思ひ浮かべると頭の中で流れ始めるのは大抵これ。

で、そのシンゲリが強すぎて、Fantas Hardcore といふタイトルの割に、 ハードなのはほんの少しだけで全體的に落ち着いた音量になってゐるため、 アルバム中かなり印象が薄い 6 曲目の擔當者は Baseck。 普段はもっとインダストリアル・テクノとでもいふやうな、ハードな曲をやってるくせに、 Fantas に喰はれたのか、これは信じられないほど大人しい。 いつもみたいなバキバキでビキビキな自分を前面に出してくれてよかったのになあ。

7 曲目はもうタイトルからずるくて、Fantas Resynthesized for 808 and 202 といふ。 これはどちらもローランドから出てゐるもので、正確には誰もが知る名機 TR-808 と DJ-202 のことだ。 DJ-202 は 5 年前の製品だから現役なのは當然だが、 DJ-202 にも搭載されてゐる TR-808 は 40 年も前の製品なのに、今でも世界中で愛されてゐるなんて、もはや奇跡のやうなマシンだ。 今の時代でもチープさや古臭さなんかはなく、安定した音を聽かせてくれる。 このトラックを擔當した Carlo Maria は Caterina Barbieri とのデュオ Punctum でも活動してゐる人で、 ソロ作品は主にポーランドの Brutaż からリリースされてゐる。 普段の作品は取り立てて云ふこともないテクノ/ハウス系なので、愛用の樂器を使った素直なアレンジなんでせう。 一番リミックスらしいリミックスではないか。 すごさはないが、安心できるトラック。

最後の 8 曲目を擔當するのは、アンビエント作家 Kara-Lis Coverdale。 アンビエントにもいろいろあるが、Kara-Lis Coverdale はクラシック寄りと云へばいいか。 といっても、ポスト・クラシカルみたいな感じではなく、電子音もしっかり使ふ、 まあ、特には珍しくないやつ。 でも、このアレンジはピアノがうまく元の曲にフィットしてゐる。 元の曲の音はもはや殘ってをらず、リミックスといふよりカヴァー。 終盤の、單にピアノで演奏しただけだったものから廣がりさうなところで終はってしまふのが殘念。

なほ、アルバムを買はないと聽けないが、實際のアルバムには最後に Caterina Barbieri 自身による Perennial Fantas が收められてゐる (Includes hidden bonus track exclusive to Bandcamp. と書かれてゐるが、レコードにもちょっとした仕掛けのあとに入ってゐる)。

これは、オリジナルの Fantas のテンポを落とし、 ミニマルな電子音もなくして靄の中にゐるやうな音になったアレンジ。 テンポは下がってゐるが、曲の長さ自體はオリジナルより少し短く、8 分弱ほどしかない。 オリジナルよりこっちのはうが好きかも。

と、アルバム通して聽くと、すべて同じ曲であるのに、途中で飽きたりすることもない。 それはやはり、元曲である Fantas が各作家の色でうまく後ろに隠される程度の曲であることが大きいのだらう。 卑近な喩へで云へば、 Fantas はあくまで米であって、 その上にいろんなものが乘った丼ものを次から次へと提供されているやうな、そんなアルバムなのだ。

さういった扱ひに耐える曲は、なかなかあるものではない。 そのポテンシャルを見拔いてこのアルバムを企劃したのが mego なのか Barbieri 本人なのかは知らないが、 よくぞやってくれた、と感謝を捧げたい。 世のリミックス・アルバムもこれ見習ってくださいね。

*1:恐らく、この作品についてリミックスといふ言葉が使はれてゐないのは意圖的なものだらうが、どうせ世に出囘ってゐるリミックス作品はこのアルバムのやうにがっつり再構築してゐるものばかりなので、おれは敢へてすべてリミックス扱ひさせてもらふ。