When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

The Tower Recordings

數年前、友人に「一番好きなジャンルは何なの?」と訊かれたことがある。 その場ですぐに答へることができず、後日「灰野敬二」と返答したのだが、 20 代の頃であれば、迷はず「サイケ」と答へただらう。

クズのクズによるクズのための音樂、それがサイケである。 やってるやつも聽いてるやつもクズ。 一應、名譽のために記しておくが、最初期にサイケをやってゐた連中は、 「え!! LSD で革命を!?」「出來らぁっ!」ぐらゐの 仕合せな妄想に取り憑かれた腦内お花畑状態であったとはいへ、 それなりに眞面目にサイケに取り組んでゐた、かもしれない。

しかし、それから 30 年も 40 年も經って まだサイケサイケ云ってるやつらは間違ひなくクズである。 『花の慶次』風に云ふなら、「だがそれがいい」のだ。

サイケに高尚な藝術性のやうなものは全くない。 あるのはほとんど當人たちの快樂だけといふ、 極めて低俗で野卑な音樂。 だらしなく、猥雑で、へべれけ。

サイケはどんな時代にも死に絶えることがなかった。 一世を風靡した 60 年代、その時代を引きづってストーナーやクラウトを生んだ 70 年代は言はずもがな、 80 年代には Paisley Underground というジャンルが、 90 年代にはシューゲイザーやドリーム・ポップと呼ばれるジャンルが生まれた。

とはいえ、Paisley Underground はサイケ・リバイバルとでも云ふべき程度の、 音樂的にはあまり見るべきもののないジャンルであったし、 シューゲイザーやドリーム・ポップはサイケ特有のクズらしさを砂糖菓子で塗り固めたやうな甘ったるい代物で、 個人的にはほとんど惹かれなかった。 サイケの系譜で、クズらしさをジャンル全体でからうじて保っていたと云へるのはアシッド・ハウスぐらゐではないか。

そんなわけで、しばらくサイケから遠ざかってゐたのだが、 90 年代末に freak folk*1 と呼ばれるジャンルが生まれた。

フォークがジャンル名に入ってゐることからわかるやうに、 これは 60 年代から存在するアシッド・フォークの流れを汲んだもので、 この時期にかつてのアシッド・フォークの再評価も進んだ。

しかし、freak folk に分類されるアーティストのほとんどは、幽玄であるとはいへ、 60 ~ 70 年代のアシッド・フォークの連中に比べれば極めて健全であったし、 音樂的にも、まあ洒落てゐた。逆に、毒気を抜かれてゐたとも云へよう。

ただ、さうやって一つのジャンルが盛り上がると 雨後の筍のごとく似たやうなバンドが林立し始めるのはどこの世界でも同じで、 さうしたジャンルの盛り上がりのお蔭でリリースが可能になったであらうアルバムといふのがある。 本当のサイケ、つまりクズみたいなやつは、さうしたところにあった。

そんなバンドの一つが、The Tower Recordings である。 このバンドが他の多くのバンドと大きく異なるのは、その酩酊度合ひだ。 音樂の、ではない。當人たちの、である。試しに 1 曲、聽いてもらひたい。

「へたくそ やめて かえれ」。これが一般的な感想ではないかと思ふ。

違ふ。このダメさ加減こそがサイケなのだ。 お上品でパステルカラーのやうな紛ひ物のサイケではない。

人間といふのは、本質的にぐうたらで、ろくでなしの生き物であり、 さうした懈怠けたいの心を理性によって矯正し、 克己することこそが人間の美しさだとおれは思ってゐるが、 誰しも、そんな強さを常に保持してゐることなどできはしないものだ。

そんな人間の惰弱な部分を前面に出せてしまふのがサイケだ。

尤も、ここまでのグダグダさを表現しきったバンドは絶無に等しい。外には GHQ ぐらゐだらうか。

勘違ひしないでほしいのだが、The Tower Recordings の面々は、本氣で下手くそなわけでは斷じてない。 敢へてよれよれの演奏をしてゐるのだ。 その証拠に、The Tower Recordings の面々は解散後も活動を續けてゐるが、どのバンドもサイケではあるものの、 殘念に思ふほどきっちりした演奏をしてゐる。 例へば、The Tower Recordings の中心であった Matt Valentine と P. G. Six によるデュオ Wet Tuna が 今年リリースしたばかりのアルバムはこんな具合ひだ(これはこれで最高なのだが)。

それに対して The Tower Recordings は、聽けば聽くほど、その絶妙な外し具合ひに唸らされる。 敢へてリズムを揺らし、敢へて音を鳴らさず、敢へて無駄な音をねじ込む。 それらが緩やかに、それでゐて巧妙に結びつくことでしか、 このサイケデリック感は出せない。奇跡的なバランス感覚。

サイケデリックの極北などといふものがあるとすれば、 それは The Tower Recordings のやうな音樂だらう。 こんなものを生んでしまふのが音樂の豊穣さであり、 だからこそ、音樂を聽くのはやめられないのだ。

Folkscene

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*1:日本ではフリー・フォークと呼ばれることのはうが多いが、 個人的に freak folk のはうが好きなので、こちらを使ふ