When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

best albums of 2023

年末にその年のよかったアルバムを列擧してゐて思ふのだけれど、 これ、12 月にリリースされたアルバムって損ぢゃないすか?  だって、1 ヶ月も聽き込んでないうちに、その年のベスト級かどうかを判定されるわけで、 どうしたってそれまでに聽き込まれたアルバムと比べて公正な評價をすることができない。

あと、他人のベストを見て初めて知るアルバムなんかもあって、 これは自分のリストからは取りこぼされることになるのだが、 取りこぼされたらもう永久に紹介されることはなくなってしまふ。 いやまあ氣にせず紹介すればいいんだけど、結局のところ、それはよそで既に紹介されてるアルバムだと思ふと、 いまいち積極的に紹介する氣になれない。

そんなわけで、今囘はどうにもならない前者はともかく、 後者の昨年のベストから取りこぼしてしまったアルバムを先にいくつか舉げる。

John Also Bennett: Out there in the middle of nowhere

これはまさに、去年末に發賣された所爲で取りこぼされてしまったアルバム。

ドローンといふ音樂は、そもそもが「一つの音を長く伸ばす」といふものだから、 それほどヴァリエーションがあるわけもなく、 結局のところ音色(使用樂器でほぼ決まる要素)と音律(音高だけでなく、調律理論や殘響なども關はる)の違ひぐらゐしかない。

そんなわけで、ドローンといふ音樂を聽き始めて四半世紀ほどは經つおれにとって、 それほど目新しいドローンはほとんど存在しないのだが、 ラップスティール・ギターとシンセサイザーを主體とする John Also Bennett のこのアルバムは、 出した音そのものではなく、出されたあとの音による調和を聞かせる、 ドローンとしては珍しい作品だ。

殘響音にスポットを當てたものとしては、 有名どころだと Pauline Oliveros の Deep Listening があるが、 あちらが音を發すると同時に殘響音が生じてゐたのに對し(さういふ場所で演奏してゐるのだから當然だ)、 こちらのアルバムでは彈き終はったあとの音を加工することで、全く違った、新たな音響效果を生み出してゐる。

John Also Bennett の他のアルバムは、 下記の ele-king の記事にもある通り、 かなりアンビエント寄りでおれの好みではないので、 まさかこんな傑作を出してくるとは豫想してゐなかった。 ドローンの新たな可能性を提示した見事なアルバムだ。

Lucrecia Dalt: ¡Ay!

これは 2022 年 10 月のリリースなので、去年のベストに入れようと思へば入れられたのだが、 おれのアンテナが鈍くて見逃してゐた。

といふのも、Lucrecia Dalt がおれの中ではそれほど重要なアーティストではなかったからだ。 このアルバムのリリース元でもある RVNG Intl. は昔から大好きなレーベルの 1 つなので、 彼女の新譜も出たら一應は一通り聽いてゐたのだが、 今ひとつ物足りなさを感じて、惡くはないんだけどのめり込めないアーティストの 1 人だった。

だから、このアルバムを初めて聽いたときもあまり印象に殘らず、スルーしてゐたのだ。

しかし、昨年末に公開されたいろいろなベストアルバムを見てゐたら、 このアルバムを舉げてる人(やサイト)がかなりたくさんあったので、 慌てて再度聽いてみた。 おれの昨年のベストアルバムに入れられなかったのは、そんな理由だ。

で、改めて過去作と比べながら聽いてみたんだけど、全然違ふぢゃん!!

Lucrecia Dalt のこれまでの作品は、電子音と聲を中心とした、幻想的かつ靜謐なもので、 おれはそこにスノビズムを嗅ぎ取ってしまひ、 それこそがおれのいまいちのめり込めなかった理由なのだが、 このアルバムは生樂器による演奏が中心になっており、 これが Lucrecia Dalt の紡ぐ音樂の雰圍氣と極めてマッチしてゐる。

さう、彼女の作る音樂の雰圍氣が變はったわけではない。 表現方法が變はったため、こちらに與へる印象がガラリと變化してゐたのである。

まづ、何より音が増えたことでこれまで感じてゐた物足りなさがバッチリ埋められたのが大きい。

Lucrecia Dalt のこれまでのアルバムは電子音が中心だったわけだが、 それら電子音は雰圍氣を形成するために散りばめられてをり、 さういった使ひ方は決して惡いことではないのだが、 本當に雰圍氣を形成するだけに留まってゐたところがある。

しかし、生樂器ではさうはいかない。 現代音樂やフリージャズでもない限り、 生樂器による曲は旋律を必要とし、 これまで見せてこなかった Lucrecia Dalt の作曲能力が思ひがけず露はになる形となった。

おいおい、こんな見事な曲が書けるんなら最初から教へといてくれよ。

このアルバムに收録された曲の下敷きになってゐるのは、 彼女が幼少の頃に親しんだ樣々なラテン音樂らしいが、 Lucrecia Dalt の幻想的な曲調とラテン音樂がこれほどうまく調和するとは思はなかった。

装飾的な電子音の使ひ方もさすがの一言で、 Lucrecia Dalt のこれまでの全てが結集した大傑作。

They Hate Change: Finally, New

いやこれ、2022 年 5 月リリースですよ。見逃してたにも程があるでせう。 しかも、去年はヒップホップ不作だったなーとか云ってんすよ。 何が不作だよ。おまへのアンテナが腐り落ちてるだけだよ。

Deathbomb Arc から Jagjaguwar に移籍してリリースされたアルバムで、 音樂性自體は Deathbomb Arc 時代と變はらないのに、なぜかこのアルバムはやたらいい。

特徴的なのはトラックで、ラップ拔きにしても良質なテクノおよびハウスになってをり、 しかもジャングルやグライム、フットワークといった、 近年とみに勃興著しいサブジャンルを巧みに取り込んでゐるのがすばらしい。 本人たちもトラックに自信があるのか、11 曲目の Perm なんかはなんとラップなしである。

個人的にはあまりヒップホップといふジャンルの普通のものは聽かないのだが、 これはかなりポピュラーなヒップホップに近いと思ふ。

Lisel: Patterns for Auto-Tuned Voices and Delay

さて、ここからは 2023 年リリースのものになる。 1 枚目は Lisel といふ人のアルバム。 なんでもニューヨークフィルと一緒に Meredith Monk のオペラを演ったりした人らしい。

そんな人だけあって、このアルバムはヴォーカル・ハーモニーがメインの作品なのだが、 かうした作品には珍しく、 なんとオートチューンを使った聲を使って曲が作られてゐるのである。

日本ではオートチューンを使ふと聲がケロるなどと云はれてゐるが、 オートチューンでヴォーカルを補正することは特に珍しくもないことになってゐる。 が、それは手放しに歡迎されてゐるわけではもちろんなく、 音を外すよりはマシな手段と捉へられてゐるに過ぎなからう。

Lisel は、さうした、決して前向きに使はれてゐるとは云へないツールを、 逆にメインに使ふことで、全く新たなヴォーカル・パフォーマンスものを作り上げた。 いや、これはかなり衝撃的だった。

聲といふ、これ以上ないほどに自然な樂器を使ってゐながら、 聞こえてくるのはバリバリに加工された人工的な音。

しかも、タイトル通りそれらはパターン化され、 サンプリングされた音のやうに分割され、繰り返される。 ヴォーカルものでありながら、ヴォーカルそのものを加工するといふ、 禁忌とすら思へる所業に果敢に斬り込み、斬新な結果を殘した革新的な傑作だと思ふ。

なのにこのアルバム、どこのベストアルバム見てもまるっきりスルーされてんだよなあ。 なんでだ。bandcamp daily でも紹介されてたのに、 bandcamp の年末リストにもなかったし。

Noname: Sundial

今年のベスト・ヒップホップは間違ひなくこれ。 JPEGMAFIA の新作なんかもありはしたが、 それは思ったより全然大したことなくて、LP も買はず仕舞ひ。

こちら Noname の 2018 年以來の新作は、ブラック・ミュージックのいいとこ取りを成し遂げた快作。

なのだが、ラップを含む音樂はとかくその歌詞が評價の中心になることが多く、 このアルバムも 3 曲目 balloons にフィーチュアされた Jay Electronica の唄ふヴァースが原因でめちゃくちゃ炎上してしまった。 いやいや、そんなことどうでもいいぢゃん。 寧ろ、その曲で語るべきことは、Jobim の超名曲 Waters of March を想起させる Noname のヴァースだろ???? 莫迦かよ。

ただ、歌詞がいいから名盤!みたいなことになることもあるヒップホップといふジャンルにあって、 このアルバムは歌詞の内容がなんであれ、音樂的に最高!の一言。 ブラック・ミュージックのいいとこ取りと最初に書いたが、 曲の雰圍氣は 70 年代初頭の所謂ニューソウルに近い。 ラップ一邊倒でなくコーラスや歌もちょいちょい入るので (4 曲目の boomboom とか初っ端から思ひきり唄ってゐるし、 10 曲目の gospel? のコーラスの美しさといったら!)、 ヒップホップに分類するかソウルに分類するか難しいところだ。 トラックはループものが多いのだが、7 曲目の beauty supply のやうに ベースラインが凝ってゐてめちゃかっこいい曲もあったりする。

で、このアルバム唯一の難點は、このレコードが Noname から直に買ふしかなささうなところ。 2 枚組でもないのに 5800 圓とお高く、これに送料もつくんならかなりきついお値段。 瞬殺される JPEGMAFIA みたいな例もあるから、買へるうちに買っておくのがいいんだらうけど、むむむ。

Liv.e: Girl in the Half Pearl

Liv.e の新作も相變はらずすばらしかった。 同じブラック・ミュージックでも、Noname と違ってこちらは前衞を切り裂く感じ。

なんといっても曲の作りが現代的だ。 音の繋ぎかたが獨特すぎて 1 曲を聽いてゐるだけなのにザッピングしたかのやうな感覺が味はへるし、 曲の終はりも全く未練なく唐突に訪れたりする。 バッキングとメロディもマッチしてるんだかしてないんだかの際どいラインで、 アルバム全體を通して常に不安定な氣分に苛まれる。

そもそも、最初にブラック・ミュージックと書いたし、 實際に聽けば構成要素は R&B のものでしかないのだが、 あまりに前衛的すぎて、これを R&B だと云って聽かせたところで、 多くの人は納得できないのではないか。 しかし、といって R&B 以外の何なのだ、と云へば返答に窮する音樂である。

これらの刹那的な不安定感こそが Liv.e の魅力であり、 今作はその魅力が遺憾なく發揮されてゐる。 今後の活動も樂しみだ。

MV & EE: Green Ark

おれは新しい音樂を常に求めてゐるので、 一年のベストを發表する際には昔から知ってゐるアーティストはあまり入れないぞ、 といふ氣持ちで選んでゐる。 なんでって、活動が長い人たちは、あんまり音楽的に新しいことをやってくれないからだ。

もちろん、歳を重ねても新たな面ばかりを見せてくれるアーティストはたくさんゐて、 どうせ買ふならさういふアーティストを優先してしまふため、 選んでみたら結局昔から知ってる人のはうが多かった、 なんてことになったりもするが、 まさか、MV & EE を今さら選ぶことになるとは思はなかった。

かつてリリースされた Wet Tuna のデビュー作なら選ぶ理由はあった。 Matt Valentine と P. G. Six が一緒にやるなんて The Tower Recordings 以來だったし、 アルバム自體も The Tower Recordings とは全く違ったけれども、 それでゐてこちらの期待を裏切らない名盤だったからだ。 でもあれはこのブログを始めた年にリリースされたアルバムで、 當時はまだ年間ベストなんてのを書いたりもしてゐなかった。

でも、MV & EE は違ふ。 もうずっと二人で活動してゐるし、 なんなら Wet Tuna だって P. G. Six がゐなくなってしまって、 もうほとんど實質的には MV & EE だ。 だから、このアルバムがリリースされたときも、 まーたいつものやつか、ぐらゐの氣持ちだった。

なのに、MV & EE はこちらの豫想を見事に裏切ってくれた。 hiroshi-gong さんもわざわざ記事にしてゐたが、 MV & EE 名義では久々の傑作と云っていい。

なんといってもサイケデリック感が違ふ。 これまでの、フォーク色が強い MV & EE だって惡くはなかったが、 おれたちが求めてるのはこれなんだよ!と大聲で云ひたくなるほどのドープ感。

ワウの效かされまくったギター、意味不明なシンセ、ぼんやりしたヴォーカル、弛緩した空氣。 これだよ、おれはずっと、これが聽きたかったんだ!

The Tower Recordings 時代に比べればそれでも音樂はかなりかっちりしてゐて、 あの頃の聽いてゐるだけで涎が垂れそうな雰圍氣ですらないものの、 腦味噌は充分にでろでろにされる。 カヴァー曲である Dancin' in the Street もメロディしか殘ってゐない。

いひひひ、これがサイケデリックってやつなんすよお。うへへへ最高。

Edsel Axle: Variable Happiness

bandcamp daily の best albums A-E を片っ端から再生してゐて知ったアルバム。 全然知らない人だけどめちゃくちゃいいな!と思って調べたら、Rosali Middleman の變名だった。 Rosali っておれが 2021 年のベストに 2 枚入れたあの Rosali ぢゃん! おれの好みを的確についてくるとは…。さすがだ。

中身はサイケデリック・ギターソロ集で、 音樂的に新しいことは特にないが、 おれのフェティシズムに直撃したからね。仕方ないね。

Emily Robb: If I Am Misery Then Give Me Affection

フェティシズム直撃といへば、このアルバムもよかった。

何がいいって、 昨年リリース 20 周年だった秋山徹次の大傑作 Don't Forget to Boogie を髣髴とさせるブギー・ギターものだってところ。 前にも書いたが、おれはブギーを偏愛してゐるのだ。

Emli Robb のギターは秋山さんほど苛烈にブギーで攻めたててくるわけではないが、 逆にそれ以外のギターもたっぷり入ってゐるところがいい。

おれがロックと呼ばれる音樂のほとんどを聽かなくなって久しいが、 それは、ロックと呼ばれる音樂が、反骨精神の表現として扱はれることが多いのに對して、 實際の音樂は決まりきった型を繰り返すばかりのものであることにうんざりしてゐるからだ。 よくもまあ、あんな類型的な音樂を聽いて「これぞロック!」などと云へるものだ。

さういふやつらに云ってやりたい。よく聽け。このアルバムこそがロックだ、と。

DJ Ramon Sucesso: Sexta dos Crias

自分の中で未だに音樂の評價軸が定まってゐないこともあり、 好きなアルバムや音樂に順位をつけるのはあまりに困難で毎年サボってゐるのだが、 もし順位をつけるなら、おれにとって 2023 年の 1 位はこれ。

おれが聽いたことのない音樂を追ひ求めて音樂を聽いてゐることは常々書いてゐる通りだが、 これは本當にわけがわからなかった。 bandcamp にある唯一のユーザーレヴューが ?????????????!!!!!!!!!!!!!!!! huh ? ?????? whuh ?????!!??!?! ?!!?!! ?????? buuhhhh?????? であることはそれを如實に顯はしてゐると云へやう。

meditations で「破格のバイレファンキ傑作!」と紹介されてゐたが、 ほんとにこれ、バイレファンキでいいのか?

ヒップホップ全盛の今、サンプリングを驅使した作品は珍しくないが、 切り取る單位はやたら短いし、それでゐて執拗に繰り返すし、 無駄な音や效果を入れまくるし、 サンプラー手に入れたばっかりの子どもが遊んでんのか?!みたいな勢ひでアルバムまるまる突き進むのだから凄まじい。

もうね、Nyege Nyege レーベルに初めて出會ったときのやうな衝撃でしたよ。 かういふのがあるから未知の音樂を探し續けてしまふんだよなあ。

various artists: The NID Tapes: Electronic Music from India 1969​-​1972

電子音樂は 2 つも重要な發掘ものがあった。 あの David Tudor が設立を支援したインドの電子音樂スタジオ National Institute of Design で録音された作品集であるこれ (ちなみに、何年か前にリリースされた David Tudor の Monobirds もこのスタジオで録音された)と、 Vinyl on Demand から出た Anestis Logotethis のボックスだ(まだ買ってないのでランクには入れず)。

いやあ、やっぱこの時代の電子音樂はたまらんね。 取り敢へず何ができるか試さうぜ!みたいな曲があるのもご愛嬌。

電子音樂のすばらしさの一面は、緻密に構築された音響美で、 優れた電子音樂と看做されてゐるものは、どれもその側面を持ってゐる。

しかし、このアルバムに入ってゐる曲は、 電子音樂スタジオができてはしゃいでゐる樣子が強く傳はってくるものばかりで、 緻密さだったり美しさだったりは全然ない。

それよりも、新しいおもちゃが使へることに夢中で、 とにかくいろんな音を出したい!といふ欲望が結實したものばかり。 バカっぽい音が遠慮なしにたくさん鳴らされ、 曲の構成も、構成と呼べるほどのものなんてないものがほとんど。

目玉であるはずの Tudor の作品も、Tudor であることを感じさせない、手遊びのやうな曲である。 でも、それは別にこのコンピの價値を減じるものではない。 Tudor のかうした曲は珍しくて新鮮だし、アルバムの統一感にも寄與してゐる。

今年もいい發掘音源が出ますやうに。

Ghost Train Orchestra & Kronos Quartet: Songs and Symphoniques

これについては既に書いたので追加で書くことはない。最高。

nomoneynohoney.hatenablog.com

Joseph Shabason: Welcome to Hell

ベストに入れるかどうか迷ったアルバム。

なんでって、別に音樂的にはおしゃれな現代アンビエント・ジャズって感じで、新しさなんかはないからだ。 かつ、ジャズ・アルバムとしても、特に傑作!といふわけでもない。

それなのに、なぜこのアルバムを選んだかといふと、 一番大きな理由はギャップ萌えである。 だって、このアルバム・タイトル(Venom かよ)の上、ジャケもちゃんと惡魔っぽくしてあるのに、 中はあざとさすら感じるほどのシャレオツなジャズ。どう見ても狙ってる。

あとなんか、普段フリージャズ寄りのばっかり聽いてて意識してなかったんだけど、 普通にこのアルバムの曲、めっちゃ好みですわ。 自分でも忘れてゐた好みを思ひ出させてくれたから長く聽けそう。

それもこれも、この頭の惡いタイトルとジャケあってのこと。うまい作戰だ。 いやまあ、中がおれの好みに合致してたのはたまたまだけど。

2023 年のベストはこんなとこかな。 年始に書いてだいぶ放置してたので、また取りこぼしありさうだけど、 もう 2 月も終はってしまふので、もう公開しときます。