When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Garrett List

Tommy Flanagan といふジャズ・ピアニストがゐる。 Sonny Rollins の Saxophone Colossus や John Coltrane の Giant Steps といった、 下手するとジャズを聽かない人ですら知ってゐる有名アルバムでピアノを彈いてゐる人で、 ジャズ・ファンからは「名盤請負人」として知られてゐる。

しかし、おれにとっての名盤請負人は、Garrett List その人である。

え、誰だって?

Garrett List は 1972 年にデビューしたトロンボーン奏者で、未だ存命。 近年は World Citizens Music なるプロジェクトや Orchestral ViVo! のディレクションを精力的にやってゐるやうだが、 音源が少なく(CD などでリリースされてゐるものはなく、 Garrett List の公式サイトに mp3 がいくらかアップされてゐるだけ)、 いまいちどんなものなのか摑めない。

デビュー作は Your Own Self。 内容はドローンとミニマルの混じった現代音樂作品。 ドローンとは書いたが、Garrett List の作品はどれも幾許かのポップさを備へてをり、 このアルバムでは特にベースの動きにそれが顕著に現れてゐる。 現代音樂で、かういった動きの、ソウルあるいはジャズ寄りのベースを入れる人はほぼゐない。

このデビュー作はたった 2 曲で、しかもレコードといふメディアだったから A 面と B 面にわかれてゐるだけで、 1 曲として聽けてしまふ内容だが、Garrett List の作品として、かういふ形態のものは珍しい (旋律面では、既に List らしさが垣間見えてはゐるが)。 List の作品は、寧ろ現代音樂には珍しく、小品をたくさん收録した歌入りのアルバムばかりである。

幸ひ、List の作品の多くは bandcamp で聽けるやうになってゐるので (Guy Segers がたくさんアップしてくれてゐる)、 List らしさのわかるアルバムを適當に 1 枚、貼っておかう。

List の作品の多くはこのやうなアルバムで、 現代音樂とジャズを融合させつつ、歌が入っても全く不自然でないポップさを合はせ持った、 輕快で聽きやすいものばかりだ。

さて、しかし、Garrett List の本領は、List 自身のアルバムにあるわけではない。 最初に名盤請負人と書いたが、List は客演してゐるアルバム、 つまり演奏者として參加してゐるアルバムに、 List 自身のアルバムよりもずっとずっと有名なものがいくつもあるのだ。

その中で最も有名なのは、La Monte Young の Dream House 78'17" だらう。 La Monte Young と Marian Zazeela による Pandit Pran Nath 仕込みの kirana gharana(歌唱法の名) が聽けるあれだ。 あのバックでトロンボーンを吹いてゐるのが、Garrett List なのである (違法アップロードだらうものしかないので、動畫などは貼りません)。

ドローンといへば、Yoshi Wada の自作パイプホルンを使った大作 Earth Horns with Electronic Drone にも參加してゐる。 マニアックなアルバムに參加してんなあと感心するが、 たぶんこれは La Monte Young つながりなんでせうな。

下書きで眠ってゐたこの記事を書き上げる氣になったのは、 hiroshi-gong さんが Black Sweat Records から出てゐる Goose の Som Folk Är Mest を紹介してゐたのがきっかけなのだが、 この Black Sweat Records は、最初に舉げた Garrett List のデビュー作を再發してゐるほか、 Musica Elettronica Viva(以下、MEV)の創設者の一人である Frederic Rzewski のアルバムも再發してくれたりしてゐて (このアルバムのことは過去の記事にもちょろっとだけ書いた)、 この Rzewski のアルバムにも List が參加してゐる (ミニマルの作曲家として有名な Jon Gibson や、MEV の同僚 Alvin Curran も參加)。

先日の記事で名前を出した Merce Cunningham 舞踏團のための音樂を集めたボックス、 Music for Merce にも 1 曲だけだが List の名前がある。 Christian Wolff の Burdocks といふ曲をやってゐるのだが、 ヴィオラは David Behrman、パーカッションが John Cage、Gordon Mumma がホルンとコルネット、 バンドネオンに David Tudor、ピアノは Frederic Rzewski と、豪華すぎる面子である。しゅごい…。

現代音樂もの以外なら、上に名を舉げた MEV のアルバムもいい。 特に、MEV の結成 40 周年を記念してリリースされたボックス MEV 40 なんて、 Garrett List の參加してゐる 3, 5, 6, 7 曲目のすばらしさ!  この 4 曲は、おれの大好きな Steve Lacy も參加してゐて、 正直、メンバーの名前見てるだけで腦汁出るレヴェル。

ジャズのアルバムにだって參加してゐる。 Willem Breuker Kollektief の名盤 To RemainKurt Weill でトロンボーンを吹いてゐるのは List だ。

その Willem Breuker が創設者の一人でもある ICP Orchestra にも參加してゐて、 ICP が實驗的なジャズの曲を作ったことで知られるピアニスト Herbie Nichols の曲を演奏した Extension Red, White & BlueICP Orchestra plays Herbie Nichols in Nijmegen, 1984Two Programs: The ICP Orchestra Performs Nichols - Monk に Steve Lacy とともに參加してゐる (最後のは Herbie Nichols の曲をやってゐる B 面のみ參加)。 どれも名盤である。

どうです、この幅廣い活躍。 どれもこれも名盤で、おれは全部愛聽しまくってゐるのだが、 別に Garrett List が存在感を放ってゐる、ってわけぢゃあないんですよね。 好きなアルバムを眺めてゐたら、たまたま Garrett List の參加アルバムが多かったってだけで。

上に名を出したアーティストたちのアルバムには、 Garrett List が參加してをらずとも名盤であるものもたくさんある。 でも、Garrett List が參加してゐるアルバムにはずれがないってのがすごい。 トロンボーンなんてさして目立つ樂器でもないのに。

さて、あんまり客演ものばかり紹介するのもなんなので、 最後に Garrett List 本人のすばらしい曲が聽ける上、 ほかにも豪華な曲が目白押しのアルバムを舉げて終はりにしよう。

それが、New Music New York 1979 である。 Philip Glass の音源リリースをメインにする Orange Mountain Music から、 From the Kitchen Archives の第 1 作としてリリースされたのが本作。 The Kitchen といふのは、ニューヨークにある有名なアートスペースで、 これはそこで 1979 年に行はれたイヴェント、New Music New York の記録である。

ここに收録されてゐるのは、Garrett List のみならず、當然 Philip Glass の曲はあるし、 Meredith Monk、先も名前を出した Jon Gibson、Gordon Mumma、Pauline Oliveros、Phill Niblock、Steve Reich、David Behrman、 Charlemagne Palestine、Tony Conrad といった、當時のアメリカ現代音樂の旗手たちによる樂曲で、 これを聽くだけで、當時のアメリカ現代音樂シーンでどんな音樂が主流になりつつあったかがわかってしまふ超絶お得コンピだから、買ふしかないですよ。

實際、おれが初めて Garrett List の名前を意識したのはこのアルバムで、 それまで Garrett List のことなんて全く知らなかった。 いちいち自分の持ってるアルバムの演奏者なんて見ないし。

でも、ここで Garrett List の曲として收録されてゐる Where We Are が非常によかったのだ。 それもそのはず、タイトルこそ違ふが、これは Fly Hollywood のタイトルで、 何度も Garrett List のアルバムに收録されてゐる、List お氣に入りの名曲なのだ (前半に即興と思しきパートが追加されてゐるのが理由でタイトルが違ふのだと思ふ)。

作曲家としても演奏家としても、恐らく知る人ぞ知る人だらうし、 Garrett List のことをこんなに高く評價してゐる日本人もほかにゐるのかどうか怪しいほどだが、 それはちょっと殘念だ。 この記事で、ちょっとでも Garrett List に興味を持つ人が現れてくれれば嬉しい。

ところで、あなたにとっての名盤請負人は誰ですか?