When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Schiff András: Mozart, The Piano Sonatas

おれはいつもパソコンをつけっぱなしにしてゐる。 いちいち起動するのは面倒だし、勝手にスリープしてくれるし、 寢るギリギリまで音樂を聽いてゐたいし。

だから、起きたときにパソコンの電源が落ちてゐたときには焦った。 復旧しなくて困ったのは音樂が聽けなかったことだと 2 つ前の記事に書いたが、 悔やんだのは書いてゐた記事が 1 つ消えてしまったことだ。 ちゃんと下書き保存しておくべきだった。

何を書いてゐたかって、この記事である。 おれはもともと、Schiff について書いてゐたのであって、 小説の話だとか、Beck の話なんかを書く豫定はなかったのだ。 2 つも記事が増えたのは、パソコンが一時的に死んだ所爲である。

さて、Schiff の何を書かうと思ってゐたかって、Mozart である。 しばらく前に、KV 333 について書いたのだが、 あのあと、Schiff の KV 333 を聽く機會があって、一發で打ちのめされてしまったのだ。

これだよ。これこそ、おれが Mozart の曲に求めてゐた音だよ。

しかし、一體なんでまた Schiff の Mozart がこんなにもおれの心を打つのか。 この疑問は、ググったらすぐに解消された(ブックレットの類は面倒だからいつも讀まない)。

さう、Schiff はこの演奏を Bösendorfer のピアノで行ってゐるのだ。

クラシックにしてもジャズにしても、ピアノといへば普通は Steinway である。 わざわざ Bösendorfer が使はれることは少なく、 いちいち「このアルバムで彈かれてるピアノは Bösendorfer ですよ」と書かれるほどだ。

そんな Bösendorfer が、おれは大好きなのである。

別に、判官びいきしてゐるのではない。 單におれが、La Monte Young と Charlemagne Palestine によって、 Bösendorfer の響きの美しさを腦味噌に刷り込まれたからだ。

Perfect fifths in the rhythm three against two for Bösendorfer piano(Bösendorfer ピアノのための完全 5 度、3 對 2 のリズムで) と題されたこの曲で聽ける倍音倍音倍音。 タイトルからして、Bösendorfer ピアノの倍音を聞かせることに特化した曲だと傳はってくるが、 その策略にまんまとかかり、おれは Bösendorfer の豊かな倍音の虜になってしまった。

え、La Monte Young の動畫? いや、それ、すぐ消されるからね。 今 2019 年 5 月にアップロードされたやつがあるけど、これもいつまで持つか…。 それにこれは YouTube で聽いていい音源ではない。 そんなのよりThe Well Tuned Piano のコード分析をしてゐる動畫のはうがずっと勉強になっていい。 大體、今なら 20 年ぐらゐ廃盤だった DVD が Mela Foundation から買へるんだから、そっち買ひなさい。腦味噌溶けるぞ。

閑話休題。

Schiff ですよ。

正直、Mozart に Bösendorfer が合ふとは思ってゐなかった。 Bösendorfer の音といっておれの頭にイメージされるのは幻想的な音であって、 それは例へば、Debussy や Satie のやうなフランスの作曲家にはぴったりだらうが、 Mozart のやうに輕快で小氣味いい曲に合ふかどうかなんて、考へたことすらなかった。

でも、實際はどうだ。 角が取れ丸みを帯びてゐるのに華やかさを失はず餘裕があり、麗かで可愛らしい。 これこそ Mozart ではないか。

さすが Schiff、と唸らざるを得ない。 Mozart と Bösendorfer をこれほど合はせることができるピアニストは、さうはゐまい。

音の好みは、音樂の好みよりも更に個人差が激しいから、 この Schiff の演奏にそれほど感じ入らない人もたくさんゐると思ふ。 それでも今のところ、これがおれにとってベストの Mozart である。