Autechre - When the Music's Over

エンケンこと遠藤賢司は自身の音樂を純音樂と稱した。エンケン自身がフォーク、ロック、パンク、ジャズ、クラシック、演歌の頭文字を竝べたフォロパジャクエン No. 1なんて曲を書いてゐたり、「ジャンルの枠を外して聽いてほしい」と云ったりしてゐるから、純音樂＝ジャンルに囚はれない音樂と思ひがちだが、その解釈はちょっと違ふのではないか、と思ってゐる。

といふのも、やはりこれまたエンケン自身の言葉だが、エンケンは「誰もが自分だけの音樂を持ってゐる。自分の音樂はフォークやロックではなく、遠藤賢司の音樂として聽いてほしい」といったやうなことを云ってゐるからだ。

自分だけの音樂！　それを意識的に追求してゐる人は、どれぐらゐゐるのだらう。

すぐに頭に思ひ浮かぶのはもちろん灰野さんだが、最近 Autechre を聽いてゐて、さういや Autechre だって Autechre の音樂としか云へない音樂を作ってるよなあ、と思ひ至った（まあ、おれがこのブログで採りあげてゐるアーティストは大體さうだけども）。

初期の Autechre は、まあ、まだ可愛い。例へば、1993 年發表のデビュー作である Incunabula に入ってゐるのはこんな曲だ。

いやあ、テクノですね。普通に踊れますね。だが、これはデビュー作だし Warp から出すからってんで手加減してゐたのではないか、とも思へる。だって、後に發表された 1991 年の未発表曲はこんななのだ。

んんん、これは誰もが知る Autechre。脱臼したリズム、漂ふアンビエンス、無機質な音。 Autechre にしか作れない、Autechre の音樂。

おれが最も好きだったのは、2001 年の Confield で、それは、あのアルバムから Autechre がその本性を明確にむき出しにし始めたからだ。

いやあ、このアルバムは衝撃的でしたね。それまでの Autechre とは段違ひのエグさなのに、めちゃくちゃかっこいい。見えないところからバンバン毆られる感じ。刺々しく暴力的なのに甘美。今まで味はったことのない秩序。

それまでもせっせと Autechre は集めてゐたけれど、このアルバムで完全におれは Autechre の虜になった。そして、今に至るまで、Autechre を聽き續けてゐる。

その怠惰な態度がよくなかったのか、おれはいつしか、Autechre の音樂をあまり刺戟的だと思はなくなってゐた。新譜を聽いても、うーん、Autechre だねえ、ぐらゐの感想。寧ろ、なんだか Autechre は丸くなっちゃったんぢゃないの？とすら思ふ始末。

しかし、一昨年發表された 8 時間の大作 NTS Sessions を聽いてゐたら、それは間違ひだったことに氣づいた。何のことはない、おれの感覺が鈍くなってしまってゐただけだ。

Autechre といへば、とにかくそのガックガクのリズム感を樂しむものだとおれは思ってゐた。でもそれは、Autechre の一部分でしかない。音の配置や響き、さういったものに、おれはとんと無關心でゐただけだったのだ。

「踊れないテクノ」として Autechre を聽くのではない。 Autechre の音樂を Autechre の音樂として聽く。いやね、だって、8 時間もぶっ續けで聽いてみなさいよ。世の中 Autechre で染まっちゃひますよ。そもそも、ビートのない曲もあるし。

しかもねえ、いいんですよ、この NTS Sessions。 8 時間もあるのに似たやうな曲はないし、それでゐてどれもしっかり Autechre。近年の集大成的な感じもあったりはするんだけど、それより Autechre ってもうこんなところまで進んでるのか、といふ感覺のはうが強い。

かつての Confield のやうな、わかりやすい刺戟があるわけぢゃあない。でも、これは誰のものでもなくまさに Autechre の音樂で、云ふなれば、よく知った異世界をどんどん探索してゐる氣分になれる。そもそも、8 時間もあるのに全く飽きさせない時點ですごいわ。

あ、さういへば amazon のレヴューに、「この長さにどんな意味が…」みたいなのがいくつかあるけど、ラジオで 8 時間の枠をもらったから、それ全部新作かけたらおもしれーだらうな！ってんで 8 時間の作品になっただけで、長さに深い意味はないみたいですよ。まあそれでよく 8 時間もの音樂作れるなって思ふけど。

しっかし純音樂かどうかはともかく、こりゃもう IDM だのテクノだのって枠で語れないでせう。といって電子音楽といふわけでもない。 Autechre って、こんなにも Autechre だったんだな。