When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

David Bowie: Moonage Daydream

過去に記事を書いた程度にはファンなので、David Bowie の映畫を見てきた。

David Bowie 財團初の公式認定ドキュメンタリー、といふのが賣りなわけだが、 普通のドキュメンタリーを想像して行くと、肩透かしを喰ふかもしれない。

といふのもこの映畫、ほぼ David Bowie 本人による語りのみで構成されてゐて、 普通のドキュメンタリーのやうに、樣々な關係者の証言から人物像を立體的に描いていく、といったものではないし、 本人の語りだからといって自傳的な要素もほとんどなく、 專ら、David Bowie といふのがいかにフィクショナルなスーパースターであったか、 といふことが描かれるだけ。

一言で云へば、「David Bowie 自身によって語られる、これまでに被ってきた樣々なペルソナ」、 それがこの映畫の内容の全てである。

そんなわけで、畢竟扱はれる時代は 70 年代が中心になる。 Major Tom、Ziggy Stardust、地球に落ちて來た男、Thin White Duke と名前のついたキャラクターを演じたのはどれも 70 年代だからだ。

しかし實際、この時期の David Bowie はかっこよすぎる。 普段は歌詞のことなど氣に留めないおれだが、 I'm an alligator.I'm a rock n roll BITCH for you. とかずるくないっすか?

音樂面の充實っぷりも半端ではなく、 Mick Ronson のギターがグイグイと引っ張っていく The Man Who Sold the World (1970)、 Yes 加入直前の Rick Wakeman のピアノが全篇を彩る Hunky Dory (1971)、 コンセプト・アルバムの頂點の 1 つ、The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars (1972) の 3 枚はどれも歴史的傑作だし、 そんなことしながらも Mott the Hoople に超名曲 All the Young Dudes を提供し、同タイトルのアルバムまでプロデュース。

その後も、Bowie のトレードマークとなった稻妻マーク(Daemon tools のあの形)を顏にあしらったグラム・ロック最終作 Aladdin Sane (1973)、 David Bowie ならではのカヴァーばかりを收録した Pin Ups (1973)、 David Bowie 流のソウルが堪能できる Diamond Dogs (1974) および Young Americans (1975) を出したかと思へば、 新しいペルソナ Thin White Duke を打ち出した Station to Station (1976) に續いて、 音響實驗を繰り廣げたベルリン三部作 Low (1977)、"Heroes" (1977)、Lodger (1979) を作る。

でもって、同時に Iggy Pop のソロ・デビュー作および第 2 作の The Idiot (1977) と Lust for Life (1977) までプロデュースおよび作曲で世に送り出してゐるのだから、 クリエイティヴィティの溢れっぷりがいかに凄まじいことか。

どれもこれも傑作なのに、同じスタイルのものはせいぜい 2 ~ 3 枚しかないのもすごい。 Iggy Pop のアルバムなんて、未だにこの 2 枚を超えるアルバムが Iggy のキャリアにはないぐらゐの卓越した作品で、 もはや呪ひの域。 後年、Bowie は Tonight (1984) で Iggy に提供した Tonight をセルフ・カヴァーしてゐるが (しかも、Tina Turner とデュエットで!)、Iggy ヴァージョンのはうが壓倒的によいし、 The Idiot 收録の Nightclubbing はアルバムのタイトルトラックとして Grace Jones がカヴァーし、 それが Grace Jones の最高傑作とされてゐるのだから、 70 年代の Bowie は實に神がかってゐたと云へる。

だから、映畫がその時代を中心に作られるのも仕方のないことではあるのだが、 なんですかね、ドキュメンタリーって、當人の知られざる姿を知ることができるのも樂しみの一つぢゃあないですか。

この映畫には、それが全くない。 われわれが幻想として、虚構として作り上げてゐる David Bowie のイメージを崩すものはなく、 寧ろ、David Bowie といふスターが、どれほど虚構性の高いスターであったかを再確認する映畫になってゐる。

だから、ドキュメンタリーとしての價値はそれほど高くない。 でも、David Bowie が好きで、David Bowie の住まふ moonage daydream に魅せられたことのある人なら、 最初から最後まで、その夢を追憶できる内容になってゐる。

David BowieDavid Bowie であったからこそ、かういふ映畫でよかったのだ。