When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

David Bowie: "Heroes"

David Bowie は大スターだから、枚擧に暇がない程度の名曲だらけだが、 中でも Heroes は奇跡的な名曲だと思ってゐる。 David Bowie で 2 番目に好きな曲を問はれれば返答に窮するが、1 番はぶっちぎりで Heroes だ。

さて、この Heroes は、所謂ベルリン三部作と呼ばれるアルバムの第二作、 "Heroes" のタイトルトラックである。

David Bowie がベルリンに移住し、Brian Eno とともにクラウトロックの影響を受けながら作ったのがベルリン三部作だが、 この三作品の大きな特徴は、David Bowie の興味が大きく音響方面に傾いてゐることだ。 例へば、第一作である Low は、歌のない曲で幕を開け、 B 面に至ってはまるまる歌がない、そんなアルバムだ。

David Bowie は、ギターを彈いたりもするが、基本的にはシンガーソングライターだ。 その David Bowie のアルバムの、半分(正確には 11 曲中 6 曲)に歌が入ってゐないのだから、これは異常なアルバムと云っていい。 歌のある A 面だって、What in the World なんて妙にぴょこぴょこした間拔けな、 David Bowie の曲だとは俄に信じ難い曲が入ってゐたりもする (しかもその次に超名曲 Sound and Vision が來るのだ!)。

實驗的とも云へるこの路線は續く "Heroes" でも踏襲されたが、 Low に比べて "Heroes" の曲はかなりわかりやすさが増してゐる (10 曲中 6 曲が歌入り)。 このわかりやすさは三部作最後の Lodger で更に進む (ので、おれはあまり Lodger が好きではない)。

さて、このわかりやすさの増加は、つまり前作 Low での實驗の成果であり、 David Bowie が、新しい音をうまく扱へるやうになったことの顯れである。

その究極的な結實こそが、Heroes だ。

David Bowie はすばらしい曲をたくさん書いてゐる。 でも、それらのほとんどは、時間藝術としての音樂のすばらしさだ。 メロディーラインのやうなものに代表される、云はば流れの美しさであり、 普通、われわれがよい音樂だと感じるものは、どれもさうしたよさを感じさせるものである。 だからこそ、大抵の音樂は再演されてもすばらしいのであり、 クラシックが未だに録音され續けるのも、ライヴが行はれるのも、 音樂がさうした藝術だからである。

對して、Heroes は、 再現性がとても低い曲だ。 それは、この曲のすばらしさが、流れの美しさ以上に、響きの美しさに依據してゐるからだ。

David Bowie がベルリン三部作で自身の作品に積極的に導入したのは、さうした、新しい音だった。 前作 Low は、その新しい音の使ひ方を實驗し始めたアルバムだった。 Heroes は、扱ひのわかってきた音と、 David Bowie らしさが合致し始めたアルバムだった。

その、最もうまくいった例が、Heroes といふ曲だ。

David Bowie の、叫ぶやうになるにつれ幻想感の増していく歌聲、 Brian Eno の單體では意味があると思へないシンセサイザー、 Robert Fripp による繊細なフィードバックによる彩り、 全く目立たないドラムのキック音と、 それに代はって曲のボトムを支へるベース、 その他樣々な樂譜に書けないものが、Heroes に必要不可欠な構成要素である。 Heroes といふ曲は、それらを奇跡的なバランスでまとめあげた曲なのだ (どれほど工夫が凝らされたレコーディングであるかはサンレコの記事に詳しい)。

David Bowie 本人によるライヴを聽いてみてほしい。

David Bowie 本人ですら、これだ。なんて貧弱な Heroes であることか。 スタジオ版の、30% ほどのよさしかない。 人氣曲だから、ライヴのレパートリーから外せなかっただらうことはわかる。 でも、確固たる意志で外してしまってもよかったのではないか。 それぐらゐ、スタジオ版 Heroes の完成度は高い。

つまり、Heroes は「録音」といふテクノロジーあっての名曲であり、 David Bowie の他の名曲群が、恐らくは樂譜によってそのよさを 8 割方傳へられるものであるのに對して、 Heroes はさうではない。 われわれが Heroes のすばらしさを知るには、 David Bowie によって録音された、まさにその曲を聽くしかないのであり、 それこそが、おれがこの曲をぶっちぎりの一位に推す理由である。 Heroes は、音樂の新たな有り樣を示した、凄まじい曲なのだ。

HEROES

HEROES

Amazon