When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

clipping.

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わからんわからんと云ひながらもヒップホップ漁りをやめてゐないおれだが、 好きなアーティストが皆無、といふわけではない。

といふか、はっきり云ふと、ぶっちぎりで clipping. が好きなのだ。

ヒップホップに對する最も大きな不滿は、何度も書いてゐるやうに、バックトラックが適當すぎることだ。 4 小節だけ作ってずっとそれを繰り返し、その上で好き勝手しゃべりまくるスタイルばっかりで、 歌詞に全く頓着しないおれにとって、さういったものは音樂的にカスとしか思へない。 現代ヒップホップの帝王、Kendrick Lamar にすらさういふ曲はある。

どうせ 4 小節しか作らないなら、バックトラックなんてもっと自由でいいぢゃん、と思ってゐた頃に、clipping. と出會った。

いやもう衝撃でしたね。だって、バックトラックなんてなんでもいいぢゃんと思ってゐたおれの考へを、がっちり補強してくれるアーティストだったんだから。

例へば、デビュー作であるミックステープ midcity に收録されてるこれ。

交通量の多い道路で録音したの?と問ひたくなるバッキング、主役であるはずのラップに容赦なく被さるピー音、 そして、そのピー音がドローン的な電子音樂になって曲を支配する展開。 おいおいおいおい、こんなのがあったんなら早く知っておきたかったよ!

續く 1st album CLPPNG はノイズ作品と見紛ふ先のミックステープとは違ひ、 Sub Pop と契約しただけあって、しっかり作曲されたものばかりが竝ぶアルバムになってゐるのだが、 最後はこれだ。

曲名を見てピンときたあなた、音樂の教養ありますね(謎の上から目線)。 さう、これは John Cage 初のテープ音樂作品、電子音樂好きの基礎教養である。

である、けれども、だ。なんで電子音樂のクラシックをヒップホップ・アーティストがカヴァーしてんだよ?!??!!?!  なんで電子音樂にラップつけようと思ったの? アホなの? しかもそのラップも細切れぢゃねーか!  なにそんなトコまで忠實にカヴァーしてんだよ!!

2nd の Splendor & Misery は、音樂だけ聽く分には、まあ普通だ。 普通ったって、clipping. にとっての普通であって、そこらのヒップホップとは全然違ふけども、 こ、これぐらゐの音樂なら他ジャンルにはあるし…。

問題は、歌詞だ。

普段、歌詞なんて全く聽かないし、このアルバムだって何を云ってるかなんてほぼわかってゐないのだけど、 例へば、この曲を聽いてると、mothership だのなんだのって單語が出てきて、SF らしさを感じさせる (ちなみに、この曲には 「Kendrick の Control のヴァースを引用した」なんてラインも出てくる)。

で、これ、實際に SF のコンセプト・アルバムらしいんだけど、なんと、ヒューゴー賞にノミネートされてゐるのだ!(受賞には至らず)

SF に詳しくない人はヒューゴー賞なんて云ってもなんだかわからないだらうが、 SF 者にとって、ヒューゴー賞といへば、芥川賞だとか直木賞ぐらゐ權威ある賞である。 なんでそんなのにノミネートされてんの???????

ヒューゴー賞って音樂部門とかあったのかなあ、と思って調べてみたが、 音樂アルバムがヒューゴー賞にノミネートされたのは、1970 年の Jefferson Airplane による Blows Against the Empire 以來なのだ。 ほぼ半世紀ぶりぢゃねーか!

Kendrick Lamar は DAMN. でピュリッツァ賞を獲ってるけど、 もはや熱心とはいへない SF 者であるおれにとってすら、ヒューゴー賞ノミネートのはうがすごい(云ひすぎ)。 快擧ですよ快擧。

しかも、次にリリースしたシングル The Deep も 2018 年のヒューゴー賞にノミネートされてゐる。 なんだよそれ、わけわかんねーよ。

で、2019 年リリースの 3rd、There Existed an Addiction to Blood に先行して YouTube にアップされたこれ。

サムネのかぼちゃは何なの?って思ったら、これ John Carpenter の Halloween 意識してんのかよ!  Halloween はホラー映畫だけど、John Carpenter ったらやっぱ SF の人ですよね。 こいつら、かなりの SF 者なのでは…?

なんて思ってたら、2019 年に EP The Deep が發賣されてゐる。 その曲、2017 年にもシングルでリリースしてたぢゃん、と思ったのだが(こちらの EP は 2017 年のものに 2 曲追加されてゐる)、 なんと、Rivers Solomon といふ SF 作家が、2017 年の The Deep を基に同名の SF 小説を書き上げて短篇小説として發表したのである。 どうやら、それに合はせて再リリースされたやうだ。 そしてこの小説、なんとヒューゴー賞、ネビュラ賞にノミネートされた(ラムダ賞にもノミネートされ、これのみ受賞)。 clipping. の三人も、共作者としてばっちりクレジットされてゐる。すごすぎんだろ。

いや、いつもならね、歌詞の文學性は音樂の善し惡しに寄與しない!とか云ふんですけど、 SF 者として、これは見逃せねーわ。別にそれでおれの中での clipping. の音樂的價値が増減したりはしなかったけど、 あれですわ、最近憶えたばかりの英語で云ふなら、I used to be a fan, but when I knew their works were nominated for Hugo awards, I'm a whole air conditioner. ってやつですわ *1

音樂的には、「clipping. としては」といふ註釋をつけることなく普通と云ってもいいのではないか、ってぐらゐポップになったやうに思ふ。 未だにしっかりノイズ入ってたりもするけど、これなんかかなり眞っ當なヒップホップぢゃないですか?  まあ、アルバム最後の曲とかやべーけど… (Annea Lockwood のカヴァーで、なんとビデオクリップまである! 確かに、映像ないときつい曲でもあるけど…)。

昨年 6 月にリリースされたライヴ盤 Double Live は、clipping. にしかリリースできないであらうライヴ盤で、 ライヴ盤と云ひながら、まともに録音された作品ではない。

なぜなら、録音のために使はれたマイクが、トイレの中だったり、天井を走るパイプの中だったり、街路樹だったり、ローディーの服だったりにつけられたもので、 どう考へてもライヴを録音する配置ではない。觀客録音によるブートよりひどい。 アルバム全體を通して妙に音が遠いのはその所爲である。 さすがのおれでも買ふの躊躇して買ってないぞ…。 だって、こんなんですよ?

現在のところ最新アルバムである Visions of Bodies Being Burned では、なんとトラップの曲が入ってゐる。 最近はソロ活動も高く評價されてゐる Tortoise の Jeff Parker が參加してゐる曲だってある。 しかも Jeff Parker の無駄遣ひとしか思へない曲。 それでゐて、相變はらずノイズまみれの曲も竝んでゐる。

別に、clipping. だけが實驗的なヒップホップをやってるわけぢゃあないだらう。 おれが知らないだけで、ほかにも過激なヒップホップ・グループはあるのかもしれない。

ただ、clipping. の一つの強みは、MC の Daveed Diggs がうまいことだ。本業、役者なのに!

もちろん、ヒップホップのトップを走る人たちに比べれば、Daveed Diggs のラップが秀でてゐるわけではない。 音樂的にあれほど實驗的な clipping. ではあるが、ラップ自體に實驗的なところは全くないし、 それどころか、少し古いスタイルであるやうにすら思ふ。

でも、そこらのラッパーには引けを取らないし、早口っぷりもすばらしい。 特にいいのは、リズム感がいいことで、 あのえげつないバックトラックばかりの clipping. の音樂でもグルーヴを感じることができるのは、 Daveed Diggs のラップに依るところが大きいと思ふ。 先ほど、ラップとしては少し古いスタイルだと書いたが、バックトラックが先進的すぎるから、 逆にそのちょっとした古さ、普通さがうまくメリハリをつけることに役立ってゐる。 恐らく、意圖的にやってゐるだらう。

願はくば、コロナ禍が終はって、來日してもらひたいものだ。おれもかういふ、半分ぐらゐ MC の出番がないヒップホップのライヴ觀たいよ。

*1:もともとファンだったけど、大ファンになっちゃった!みたいな意味。fan が「ファン」と「扇風機」兩方の意味を持つことから、ファンを超えたファンならエアコンだろ!的なスラング