When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Lou Reed

50 年弱の Lou Reed のキャリアの中で、最もすばらしい曲は何か?といふ問ひに答へるのは難しい。 が、結局のところ、それは Sweet Jane なのではないか、 との思ひを最近強くしてゐる。

Lou Reed といふ名は、20 世紀のロックを語る上で外すことのできないものだ。 だから當然、名曲とされるものもたくさんある。

例へば、初期 The Velvet Underground の諸曲。

Andy Warhol のジャケットで有名な The Velvet Underground & Nico は、 あのバナナのためだけに高い評価を得てゐるわけではない。 ヒッピーがサイケデリックな幻想に浮かれてゐた 1967 年、 サマー・オブ・ラブにおよそ半年ほど先立ってリリースされたこのアルバムは、 Heroin などといふ直截的なタイトルの曲を収めながら、 ヒッピーとはまるで違ふ方向を向いてゐた。

他の多くのサイケデリック・バンドとの最も顕著な違ひは、 The Velvet Underground の音樂が決定的に陽氣さに缺けてゐることだ。 サイケといへば Love & Peace、LSD で世界は變はる!といふノーテンキさを備へてゐるのが普通なのに、 The Velvet Underground のサイケは頽廢的ではあっても、明るさはない。

上に貼った曲のタイトルは Venus in Furs だが、 これはマゾヒストの語源になった Leopold von Sacher-Masoch の代表作と同じタイトルだ。 ときに暴力的なイメージすら伴ふロックをやっておきながら、 サディズムではなくマゾヒズムを題材にしてしまふのが The Velvet Underground といふバンドだった。 そもそも、バンド名の The Velvet Underground も、 もともとは性的倒錯を扱ったペーパーバックのタイトルなのだ。

Warhol から離れて制作された 2nd には、 17 分を超える Sister Ray が收録されてゐる。 17 分もある曲が 1968 年當時のロックではそもそも珍しいが、 何よりすごいのは、この曲に、17 分の必然性がまるでないことだ。

1967 年デビューの Pink Floyd や 1969 年デビューの King Crimson など、 所謂プログレと呼ばれる音樂には、17 分を超える曲もごろごろある。 Frank Zappa だってさうだ。 でも、彼らの曲は、その長さに必然性があった。 曲に詰めるべきものを詰めた結果、その長さになったのだ。

が、Sister Ray にそんなものはない。 好きなやうに演奏したら 17 分を超えてゐた、といふだけだ。 ライヴでは 30 分を超えてゐたりもする。 緻密な構成があるわけでも、焦らした擧句のカタルシスがあるわけでもない。 只管に、だらだらと、テンションだけは高いジャム・セッションのやうなものが續くだけである。 そんな曲が、なぜかうもすばらしいのか。

例へば、後期 The Velvet Underground および初期のソロ。 名曲目白押しの 2nd Transformer は云はずもがな、 初のコンセプト・アルバムとなった Berlin や Lou Reed のキュートな面が味はへる Coney Island Baby など、 Lou Reed がオーソドックスなスタイルのロックでも魅力的な曲が書けるとよくわかる。

例へば、Metal Machine Music

The Velvet Underground 時代の Sister Ray がなぜ生まれたかといへば、 それはやはり、John Cale の影響が大きかったと云はざるを得ない。 La Monte Young の Theatre of Eternal Music に參加し、 Cornelius Cardew や John Cage とも親交があった John Cale の持ち込んだ現代音樂要素が、 當時のロックから外れた發想を可能にした。

このアルバムは、さうした影響を、Lou Reed が再び極端な形で前面に押し出した結果だ。 なんたって、Lou Reed 自身はこのアルバムを RCA のレッド・レーベル(クラシック專門のレーベル)から出したがってゐたほどなのだ。

例へば、Street Hassle

Lou Reed の曲は、1 つのフレーズを執拗に繰返す、といふものが多い。 ソロになってからではなく、The Velvet Underground の最初からである。 Run Run Run だとか Booker T. だとか I'm not a Young Man Anymore だとか、 枚擧に暇はない。 この曲は、さうした Lou Reed の試みの完成形だと云へる。

Street Hassle が、それまでの同じタイプの曲と大きく違ふのは、 陶酔感のなさだ。 初期は同じフレーズの繰返しで頭ラリパッパになるなあ~、みたいな曲ばっかりだったのだが、 この Street Hassle にさうした要素はなく、 純粋に 11 分の繰返しに耐へ得る美しいフレーズが使はれてゐる。 長さが苦痛にならない程度に強すぎず、といってアンビエントのやうに朧げなわけでもない。 繰返しのための、絶妙なバランスである。

例へば、The Velvet Underground の追っかけであった Robert Quine を擁したバンドでの The Blue Mask

The Velvet Underground の 1st は最初の 5 年でたった 3 萬枚しか賣れなかった、と Lou Reed から聞いた Brian Eno が、その 3 萬枚を買ったやつ全員がバンドを始めただろうな!と思ったのは有名な話だが、 Robert Quine はまさにさういふ人物であった(尤も、彼が熱心に追っかけをしてゐたのは後期 The Velvet Underground だが)。

Quine のギター・ソロは實に妙ちきりんな代物だった。 大半の人は、なんだこのひどいギター・ソロは、と思ふだらう。 だが別に Quine はギターが下手でかう彈いてゐるのではない。 これだって、The Velvet Underground や Metal Machine Music と同じく、 ちょっとした前衛だ、といふだけの話だ。 殘念ながら、Quine との折り合ひは惡かったやうで、 次のアルバムを最後に Robert Quine は拔けてしまふが、 その後、何度も Robert Quine と共演した John Zorn が、 晩年の Lou Reed と共演したことからもわかるやうに、 Lou Reed はさういふのもいける人なのである。

例へば、オーソドックスなスタイルに囘歸した New York

長く在籍してゐた Arista を離れ Sire での第 1 作になったアルバムだが、 たくさん出てゐるだけに外れもある Arista のアルバム群に對し、 Sire は Set the Twilight Reeling が外れなぐらゐで、 あとは圓熟した Lou Reed のよさを嚙みしめられる良作ばかり。 Metal Machine MusicThe Blue Mask で見せた尖鋭さはないので、 Lou Reed 愛がなければつまらない作品ばかりかもしれない。 なぜおれがそんなに Lou Reed が好きなのかはわからない。 BECK がつまんなくなったらそっぽ向いたやうな人間なのに。

例へば、Andy Warhol に捧げた John Cale との Songs for Drella

The Velvet Underground の陰キャっぷりとは全く違ふ、 それでゐてすばらしい音樂を作り出すなんて、想像だにしなかった。 John Cale とのコンビはやっぱり特別なんだなあ、 などと誰でも思ひつきさうな陳腐窮まる感想しか漏れないほど。 さっさと映像版を Blu-ray で再發しろ。 良盤の多い Sire 時代の中でも New York とこれは群を拔いていい。 だから早くリマスターしてね。

例へば、Metallica との Junior Dad

執拗な繰返しが實に Lou Reed らしい曲だ。 この Metallica とのアルバムはあまり評判がよくないが、 共演相手が Metallica であらうと、 Lou Reed は Lou Reed なんだなあ、と感じさせるものになってゐて、おれは好きだ。

Lou Reed の曲のことを語りだすと、最低でもこれぐらゐの量にはなってしまふ。

しかし、それでも、敢へて云はう。 結局、それでも、Sweet Jane が一番ぢゃね?と。

捻りもない、變なギター・ソロがあったり、執拗な繰返しがあったりもしない。 ただのシンプルなロック曲だ。 でも、それがいい。

Sweet Jane を聽いただけでは、Lou Reed のすごさはわからない。 Sweet Jane は、Lou Reed のあらゆる面を含むやうな曲ではなく、 寧ろその逆、Lou Reed でなくても書けたかも、とすら思はせる曲だ。

しかし、實際にこの曲を書いたのは Lou Reed であり、そこはかとない Lou Reed らしさがある。 だからこそ、いろいろな Lou Reed の面を味はひ盡くした末に戻りたくなる曲なのだ。 Sweet Jane が、おれの心を捕らへてゐる理由は、 きっとそんなやうなことではないか。

NYC Man

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