When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Best Albums of 2019

音樂のことを書くときは、大體古いやつかリイシューものばかり取り上げて、 新譜についてはほとんど書くことがなかったので、 今年は 2019 年によかったものについて書かう (ゲームについてはたくさん書いたので、今年はパス)。

Kyle Gann: Hyperchromatica

まづは Kyle Gann の Hyperchromatica

これは 2018 年發賣なので、2019 年のベストに舉げるのは反則だが、まあ勘辨してほしい。

内容は、純正律ピアノによる Conlon Nancarrow。 といっても、Nancarrow のカヴァーをしてゐるわけではなく、 作曲はすべて Kyle Gann。

メキシコの偉大な作曲家(アメリカから亡命) Conlon Nancarrow を知らない人のために書いておくと、 Nancarrow はリズムを徹底的に追求した作曲家である。

例へば、一般的なリズムである 4/4 拍子では、全音/休符、2 分音/休符、4 分音/休符、8 分音/休符、16 分音/休符などで音樂は構成される。 つまり、1 小節を 2 等分、4 等分、8 等分……した音しか現れない。 そのリズムから外れるのは、せいぜい三連符ぐらゐのものだ。

かつて今堀恒雄(と菊地成孔)がやってゐた Tipographica といふバンドは、 4/4 拍子ではあるが、1 小節を 5 等分した位置や、7 等分した位置に音を入れることで、 「リズムの訛り」を追求・表現してみせたが、 Nancarrow がやったことはもっと極端である (ちなみに Tipographica は 1986 年に活動を開始してゐるが、Nancarrow が作曲を始めたのは 1948 年)。

Nancarrow の曲の多くはカノン形式で書かれてゐる。 カノンといふのは、めちゃくちゃ平たく云ふと輪唱である。 ちょっと遅れて、同じのを繰返すあれだ。

が、Nancarrow のカノンはえげつない。 繰返しは行はれるものの、テンポが異なるのだ。 簡單なものだと、1 つ目のテンポは 88、2 つ目のはうは 110 で、 これはつまり 4/5 の比と云へる(Study #14 がこの比)。

が、最も極端な例である Study #40 でのテンポ比は、 自然對數の底 e と圓周率πである。 何云ってんだと思はれるかもしれないが、事實なんだから仕方ない。

もちろん、こんなものは人間には演奏不可能である。 だから、Nancarrow の曲のほとんどは、自動ピアノによって演奏される。 作曲自體も、普通の五線譜を使って書かれるのではなく、 自動ピアノが讀み込むロール紙に穴をあけるといふ手法が採られた (物差しを使って穴をあけたらしい)。

實際の演奏は、こんな感じだ。

しかもこれ、Nancarrow の專門家、Jürgen Hocker がアップロードしてんだからすごい時代になったもんだ。 Jürgen Hocker っつったら、Nancarrow ファンは足を向けて寢られないほど偉い人ですよ。 なんたってプリペアードぢゃない、普通の自動ピアノ(Bösendorfer Ampico)で Nancarrow の作品群の録音を實現してくれた人ですからね。

その Hocker と同じく、Nancarrow の專門家である Kyle Gann が、遂に自身の自動ピアノ音樂集の決定版を出してくれたわけ。 しかも純正律!  こんなもん、メロメロになるに決まってるやん…。

なんだか Nancarrow の話ばかり長くなってしまったが、 Kyle Gann のこの作品はほとんど唯一無二だった Nancarrow の路線を踏襲した稀有なもので、 しかも Nancarrow のスペシャリストだけあって曲もすばらしいものばかり。 Nancarrow ファンのみならず、現代音樂ファン、リズムにうるさい音樂ファンなどは全員聽くべき傑作。

Duke: Uingizaji Hewa

リズムといふことでよかったのは、もうひとつよかったのは Duke のデビュー・アルバム。 タイトルは讀めない。ウガンダのレーベルからリリースされてるんだもん…。 そもそも何語だよ。

イヤッッホォォォオオォオウ。

もうねえ、かういふ高速テクノ大好き。 長年、Aphex Twin の Come to Daddy みたいに、 腦味噌を引き裂くやうなテクノを追ひ求めてゐたおれにピンズド。

高速テクノといへばガバなんだけど、 ガバって速いだけで音が輕すぎるんだよね。 腦味噌にナイフをグサグサ刺してくる感じみたいのが全くない。 ちげーんだよ。 おれは腦味噌をいじめられたいわけ。

その點、Duke のこのアルバムは完璧である。 速さに加へ、腦味噌を突き刺す鋭さに滿ちてゐる。 これだよこれ。おれが求めてたテクノはこれなんだ!

初めて聽いたときは、「なんだこりゃあ、聽いてると氣持ち惡くなるな」と思ってゐたんだが、 その不快さが最高の刺戟になるんだから、 ちょろっと聽いて見切りをつけるのはよくないですよ、やっぱり。 同じやうに不快さが刺戟になった音樂ってえと、 Robert Ashley の In Sara, Mencken, Christ and Beethoven There Were Men and Women なんだけど、 方向性としては全然違ふな。 なんだらうね、あの生理的な不快感。 でも、たまんねえんだよなあ。 音樂に關しては、マゾっ氣あるのかもしれん。

このアルバムを出してゐる Nyege Nyege Tapes によるコンピ Sound of Sisso も高速テクノ滿載でおすすめ。

Art Ensemble of Chicago: We're on the Edge

ベテランのものでよかったのは、AEoC。

50 周年記念盤だったわけだが、 同じく 50 周年だった細野さんと違って、 We're on the Edge(われわれは崖っぷちにゐる)なんて悲壯感漂ふタイトル。 細野さんはお土産つきのライヴ開催してたりして、樂しさうだったのになあ。

アルバムの中身も悲壯感漂ふのかといへば、そんなことはない。 まあ、いきなりストリングスの入った抑へ目の曲で、 いつもの AEoC と違ふな?なんて思ったりもするが、 ゲストに Moor Mother 呼んだりなんかしてて、 AEoC の汎ブラック・ミュージック的な姿勢は、最新のものまでがっつり取り入れる貪欲さまであり、未だに健在なんだとわかる。 いやほんと、AEoC が今でもしっかり AEoC であり、前衛であることに嬉しくなっちゃひますよ。

先にリリースされたアナログ版とは違ひ、CD にはライヴ音源も收録されてゐるが、 これはもうねえ、AEoC のファンを長くやってきた人にはたまらん内容だと思ふ。 おれなんて、AEoC を聽いてまだたった 20 年のペーペーだが、 そんなおれですら、最後の Odwalla(AEoC のテーマ曲みたいなやつ)は涙なくして聽けませんでしたよ。 いや、實際に涙したわけぢゃあないけども。

ブラック・ミュージック好きを自認しててこのアルバムのよさがわからんやつはもう音樂聽かなくていいよ。

Angel Bat David: The Oracle

ジャズだと Angel Bat David 待望のデビュー・アルバムもよかった。

新しいジャズとか云って、かつてのフュージョン的な、洒落たジャズが世を席巻してをる今日この頃ですが、 おれはかういふものをこそ、新しいジャズだと聲を大にして云ひたい。 これがジャズだよ!!!!!

わかってる。 おれがかういふ、Sun Ra を感じさせるものに弱いってことは。

でもさあ、Sun Ra が今も存命だったとして、かういふ音樂には絶對なってなかったと思ふ。 Sun Ra の音樂は、もう Sun Ra の音樂として完成されてたといふか、 Sun Ra 自身はあれ以上音樂を進める氣はなかっただらう。

だからこそ、Sun Ra の音樂の先を聽きたい、といふ欲求はどうしても抑へられないし、 さうしたものを感じさせてくれる音樂には敏感になってしまふのだ。

女聲ヴォーカル、フリージャズ、シンセ、そこはかとなく漂ふ泥臭さ。 これだけの要素を持ってて、Sun Ra の幻を聽くなってはうが無理だよ!

Sun Ra を恐ろしく洗練させたやうな Rob Mazurek の Exploding Star Orchestra を初めて聽いたときも興奮したが、 Angel Bat David は Sun Ra の泥臭さを保ちながら現代に相應しい發展を持ち込んでゐて、 Rob Mazurek とは違った發展型を見せてくれた。 Sun Ra を感じさせるアーティストが出てくるのは大歡迎なので、もっともっといろんなアーティストに出てきてもらひたいものだ。

the others

とりわけよかったのは上に擧げた 4 つだが、 他にも Matt Valentine の新作 Preserves は久々にたがの外れたドサイケで面白かったし、 Tetuzi Akiyama などとおれの心を狙ひ撃ちしてくるタイトルの曲を含んだ 75 Dollar Bill の新作 I was Real もよかった。 Kim Gordon の No Home Record もすさまじく、 Body/Head 以降ずっと Kim Gordon の作品に參ってゐるおれは、 Kim Gordon 最高や! Thurston Moore なんかいらんかったんや!みたいな氣分にさせられたし、 コラージュユニット People Like Us の The Mirror はなんとよく知ってるポップス(The Beach Boys とか The Beatles とか Lou Reed とか)が素材になっててびっくりしたし、 Yatta の Wahala はおれの大好きなヴォイス・パフォーマンスものだったしと、 興味深いアルバムはたくさんあった。

新譜はあまり熱心に追ひかけないおれだが、かうやって面白いものをどしどしリリースされちゃふとお金が足りなくて困るんだよなあ。 嬉しい悲鳴ってやつなんですけども。 今年もたくさんのよい音樂に巡り會へますやうに。