When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Captain Beefheart

多作で知られる Frank Zappa(以下、FZ)の作品にはリリース順に番号が振られてゐる。 生前にリリースされたのは #62 の The Yellow Shark まで、 つまり 2019 年 2 月現在リリースされてゐる #111 までのうち、#63 以降は死後のリリースである。 いつの間にやら、なんと半分ほどの量を占めるに至ってゐる。

おれが熱心に FZ のアルバムを追ひかけてゐたのは 2002 年リリースの FZ:OZ までで、 なぜそこで追ふのをやめたかといふと、#69 以降のアルバムは Zappa Family Trust といふ、 FZ の遺族が運営してゐた個人レーベルからのリリースになってしまひ、 FZ が生きてゐれば發表されなかったであらうクソみたいな藏出し音源の 詰め合はせは安いくせに、 そこそこまともな内容のものは法外な値段で、 おまけに日本には祿に入荷すらせず、 高い送料を拂って買ふしかなかったからだ。 あまりにコストパフォーマンスが惡かった上、 FZ が亡くなってしまったから仕方ないとはいへ、 どのリリースも、過去の音源を無理やり引っ張り出して來たやうにしか見えなかったのも 購入意欲を減退させた原因の 1 つだ。

2010 年頃からだいぶマシなものがリリースされるやうになりはしたが、 マシなものといふのも過去のライブばかりで、 ライブ音源でも鬼のやうに編集しまくった FZ だから、 やはり生きてゐればかうしたリリースはなかったのではないか、と思ふと どうしても買ふ氣にはなれなかった。

そんな状況が續いてゐたのだが、 2015 年に記念すべき #100 としてリリースされたのは、 ファンがずっと待ち侘びてゐた、 FZ が生前に制作してゐた最後のアルバムの 1 つとして知られる Dance Me This であった (この時期に制作されたものはほぼリリースされたが、 未だに FZ の敬愛する Edgar Varèse の作品を録音した The Rage & The Fury のみリリースされてゐない)。

さすがにこれはおれも買った。 タイトルから推し量れば、ダンスミュージックのはずであるが、 そこは FZ、もちろん踊れるやうな曲ではない (だからこそ、「これを踊ってみせてくれ」と挑戦的なタイトルなのだらうが)。

この作品はシンクラヴィアによる演奏が主体になってゐる。 シンクラヴィアは一應は電子楽器であり、 シンセもサンプラーも入ってゐる統合音樂制作装置だが、 このアルバムはテクノでもハウスでも EDM でもない。 FZ のシンクラヴィア作品を聽いた人ならわかるが、 まさに FZ のシンクラヴィア作品、としか云ひやうがない作品になってゐる。

聽いてもらへればわかるが、このアルバムにはホーミーが入ってゐる *1實は、この作品だけでなく、 やはり生前に完成してゐたもののリリースが叶はなかった Civilization Phaze III といふシンクラヴィア作品にもホーミーが取り入れられてゐる。 制作時期はほぼ同じだから無理もないことだが、 持ってゐるくせに何年も前に聽いたきりであった (なんたってしゃべりばかりなのだ) Civilization Phaze III にホーミーが入ってゐたことを確認し、 晩年の FZ がホーミーに興味を持ってゐたといふ事實に氣づいたとき、 おれが思ひ浮かべたのは、Captain Beefheart その人であった。

Captain Beefheart こと Don Van Vliet は FZ の高校の頃からの友人であり、 Captain Beefheart といふ珍妙なステージネームも FZ の發案によるものである。 コラボレーションもいくつか殘されてゐるが、 Beefheart は 1982 年の Ice Cream for Crow を最後に音樂の世界から離れ、畫家として過ごした。 FZ よりは長く生きたが、70 の誕生日を迎へる一ヶ月前の 2010 年 12 月に死去してしまった。

さて、先の Dance Me This制作されたのは 1993 年である。 Beefheart が音樂をやらなくなってから、10 年もの月日が流れてゐたわけだ。 そんなときに、ホーミーを聽いた FZ の心境はどんなものだったのだらう。 あのホーミー特有のダミ聲は Beefheart の聲を想起させたのではないか。

もちろん、徹底的なリアリストである FZ が、 そのやうな感傷に囚はれてホーミーを己の音樂に採用した、などといふことはあるまい。 Beefheart のことが意識に上ったかどうかすら疑問だ。 しかし、それでも、無意識の底で FZ に訴へかけるものぐらゐはあったのではないか。 そんな風に思へてならないのである。

Captain Beefheart は、FZ のやうに緻密に樂譜で指示を与へるタイプではなく、 口笛と、弾いたことすらなかったピアノとで傳へるといふ、實にバンド泣かせな方法で作曲を行ってゐたらしい。 つまり、Beefheart の音樂をリアライズするには his Magic Band が不可欠だったわけであり、 一から十までシンクラヴィアに自身の音樂を入力することができた FZ とは 音樂のありやうが根本的に異なる。

しかし、Beefheart の音樂は、大きく誤解されてゐる。 それは、彼の代表作とされてゐるのが、彼の生前にリリースされたものの中で 唯一 FZ が全面的にプロデュースした Trout Mask Replica だからである。

確かに、 Trout Mask Replica はすさまじいアルバムだ。 出鱈目に聞こえるこの音樂は、萬引するほどに困窮しながらも 1 日 12 時間の練習を 8 ヶ月續けた上で録音されたもので (その入念な準備があったために實際のレコーディング自體はたったの 4 日で完了してゐる)、 Beefheart にしか到達し得ないであらう前衛として、今でも屹立してゐる傑作である。

といって、それだけが Captain Beefheart だと思ってほしくない。 確かに、Beefheart のアルバム中で歴史に殘る傑作は Trout Mask Replica だけだらう。 が、 Guernica だけが Picasso ではないやうに、 それ以外にも、Beefheart にはすばらしい曲、すばらしいアルバムがあるのだ。

Beefheart は、1967 ~ 82 年の 15 年に亙る活動で、10 枚強のアルバムを録音してゐる (はっきりした數が云へないのは、沒になって使ひ囘したものなどがあるため)。 このうち、おれが是非とも聽いてほしいと思ふのは Clear SpotBat Chain Puller の 2 作である。

Beefheart といふ人は金に困らなかったことがない、 といふぐらゐいつも貧窮してゐて、 それでは困るからと商業的な路線に走った時期がある。 具體的には 1972 ~ 74 年で、この時期には The Spotlight KidClear SpotUnconditionally Guaranteed および Bluejeans & Moonbeams の 4 枚がリリースされてゐる。

この 4 枚は Beefheart 作品の中でも非常に聽きやすい。 おれが特に好んでゐるのは Clear Spot なのだが、 それは、この 4 枚の中で Clear Spot のみソウル色が強いからである (他の 3 枚はブルーズ寄り)。 例へば Too Much Time なんか もう完全にソウルだ。

ホーンの使ひ方もコーラスの入れ方もこれ以上ないぐらゐソウル。 こんな曲が書けるんならもっと書いてくれよ!と云ひたくなる。 他の収録曲も輕快でキャッチーなものばかり。 ベースも元 Mothers ~ Little Feat の Roy Estrada なので、 FZ や Little Feat ファンにもおすすめ。 實際、Trout Mask Replica は 1 年に 1 囘聽くかどうか といふやうなアルバムだが、 Clear Spot はしょっちゅう聽く。

殘りの 3 枚はブルーズ寄りだと書いたが、 そもそも Beefheart のアルバムは大抵がブルーズである。事實、 Trout Mask Replica 以前の作品、 Safe as MilkStrictly PersonalMirror Man の 3 つはどれもブルーズだ。 Beefheart のダミ聲が似合ふのは、ソウルよりはやはりブルーズであらう。

さうした多くのブルーズ・アルバムのうち、 最も完成度が高いものこそ、 Bat Chain Puller である (次點は Safe as Milk)。

この Bat Chain Puller といふアルバムは、 發賣に漕ぎ着けるまで、一悶着どころではない騷ぎがあった。 簡單に云ふと、このアルバムを録音するための金が マネージャーの手によって FZ の懷から勝手に出されてをり、 もちろん激怒した FZ は録音が完了してゐたマスターテープを沒收、 結局リリースされたのは 2012 年(録音は 1976 年)で、 つまり、FZ も Beefheart も鬼籍に入ってからやうやく日の目を見たといふ、 いはく附きのアルバムなのだ。

聽いてみればなるほど後々まで Beefheart が リリースさせろと FZ に云ひ續けたのも納得の出來 (Beefheart にとってのラストアルバム Ice Cream for CrowBat Chain Puller録音を半分使はせろと要求して斷られてゐる)。

Beefheart ならではのどろどろねっとりとした、 むせ返るやうなブルーズが飾り氣のない實直な佇まひで詰め込まれてゐる。 Bat Chain Puller を惜しんだ Beefheart は以降の Shiny Beast(副題は Bat Chain Puller!)、 Doc at the Radar StationIce Cream for Crow の 3 枚で Bat Chain Puller の曲を 再録音してゐるが、それらはどれも少し洒落た感じになってゐて Bat Chain Puller聽けるやうな泥臭さはなく、 Bat Chain Puller の曲を 存分に味はへるのは、Bat Chain Puller を 措いてないと云へる。

殘念ながら、このアルバムは Zappa Family Trust が Universal に身賣りした際に 引き取ってもらへなかったらしく、現在は廃盤扱ひである。 この名盤が聽けないといふのは憂ふべき事態である。 早急に再發してもらひたいものだ。

さて、おすすめしておいてなんだが、 Clear SpotBat Chain Puller Beefheart らしさが樂しめるアルバム、ではない。 ソウルやブルーズに偏りすぎてゐて、 Trout Mask Replica のやうな 破茶滅茶さなのが聽きたいんだ、といふ層には期待はずれになってしまふだらう。

さうした人たちにおすすめなのは、 Trout Mask Replica のすぐあとに出た Lick My Decals Off, Baby晩年の Shiny BeastDoc at the Radar StationIce Cream for Crow あたり。

これらのアルバムは、どれも Beefheart らしさを保ちつつも、 すっきりまとまってゐて Beefheart にしては比較的聽きやすい。 晩年の 3 つは洒落っ気もあり、初めて聽くといふのであれば Trout Mask Replica より ずっと入門に適してゐると思ふ。

だから、Beefheart を聽いたことがないといふ人には、 Sun Zoom Spark といふ ボックスを個人的にはおすすめしたい。 Lick My Decals Off, Baby だけでなく、 おれのおすすめ Clear Spot も入ってゐるし、 聽きやすさでは Clear Spot と雙璧の The Spotlight Kid まで入ってゐる。

それが氣に入ったら、 Trout Mask Replica に手を出す、 といふので充分。 別に誰もが前衛を好む必要はなからう。

それにしても、高校時代の友人であっただけの FZ と Beefheart の雙方が 歴史に名を留めるであらう作品を作るなどといふことが、よくも起きたものだ。 FZ を聽いて Beefheart を喚起し、Beefheart を聽いて FZ を偲んでしまふのも宜なるかな。 Muffin Man200 Years Old 以外にもデュエット作品が殘ってゐればなあ。

Dance Me This

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Bongo Fury

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*1:なんとこのホーミーの録音風景は YouTube にアップされてゐる。 いやはや、ネットにはなんでもあるんぢゃないか、といふ氣になりますな。