When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Frank Zappa in Roxy

Frank Zappa(例によって以下、FZ)のアルバムが現在のところ 111 作ある、 といふ話を前に書いたが、その中で一番好きなのはどれか、 といふ問ひに答へるのは難しい。

入門に向いてゐるのがどれかといふ問ひなら、おれは斷然 Burnt Weeny Sandwich を推すことにしてゐる。 雑派と漢字を当てられることもある FZ の多樣な音樂性のほとんどが コンパクトに詰まった傑作だからである (ちなみにこのアルバムのジャケットはもともと Eric Dolphy のアルバム用に作られたものらしい)。

それに對して、好きなアルバムがどれかといふ問ひが難しいのは、 異なった魅力を持つ作品がいろいろと存在するからである。 目まぐるしく大仰な展開を持つ、LP にして 8 枚になる大作 Läther遺作になってしまった現代音樂ものの傑作 The Yellow Shark初期 Mothers の猥雜さが詰まった Weasels Ripped My Fleshロック・アンサンブルの傑作 Uncle Meat もいいし、 個人的には初めて聽いた FZ のアルバムである You are What You is も忘れられない (正確には The Lost Episodes が初めて聽いたアルバムなのだが、 あれはアンソロジー的なものなので「アルバム」と云ふのは少し抵抗がある)ジャズ・ロック路線の Hot RatsWaka Jawaka も外し難いし、 ひたすらギターソロを味はふ Shut Up 'n Play Yer Guitar を舉げる醉狂な人間がゐたって不思議はない。

しかし、近年は專ら Roxy the Movie のサントラ、と答へることにしてゐる (全てが入ってゐるわけではないので、本當は映畫そのものと答へたいが)。

この作品は、タイトルに「the Movie」とついてゐることからもわかるやうに、映像作品である。 が、別にストーリーなどはない。初めから終はりまで、全てがライヴ映像だ。 撮影されたのは 1973 年 12 月 8 ~ 10 日だが(Roxy といふのはその會場であった LA にあるライヴハウス)、 リリースはなんと 2015 年 10 月。 42 年もかかって、やうやく陽の目をみたのだ。

なぜ 42 年もかかったのか。 それは、FZ 獨特のライヴ音源の扱ひが最大の原因である。

FZ はスタジオ盤のみならず、ライヴ作品も多い。 が、FZ にとって、スタジオ盤とライヴ盤といふのは、 それほど大きな差がなかったやうだ。 スタジオ盤であってもライヴ音源を元にしたものが収録されてゐることはよくあるし、 スタジオ収録のものとライヴ収録のものが混在するアルバムだってある。 ライヴ盤はライヴ盤で、FZ による徹底的な編集が施された上でリリースされる。 その編集といふのがただごとではなく、大抵は忌避されるオーバーダブや差し替へはもちろん、 1 つの曲でも複數日のライヴを接合して完成テイクになってゐるものまである(しかも珍しいことではない)。

だから、FZ は海賊盤を非常に嫌ってゐた。 自分の手が加はってゐない不完全なものが 作品として流通するのが我慢ならない、といふのが理由だ。

そんな FZ が、初めて映像とともにリリースしようと考へてゐたのが、この Roxy the Movie である。 が、この計劃は FZ 存命のうちには實現しなかった。 例によって FZ がライヴ音源を徹底的に編集しまくったため、 その音に、映像を合はせるのが非常に困難になったからである。 その解決に 40 年を要したといふのだから恐れ入る。

ただし、このときのライヴ音源は 1974 年の時點でリリースされてゐる。 Roxy & Elsewhere といふのがそれだ。 タイトルにもある通り、Roxy 以外でのライヴも收録されてゐる。 ただ、おれはそのアルバムよりも、ほぼ同じメンバー(2 人少ない)による 74 年 9 月のライヴを收録した You Can't Do That on Stage Anymore vol. 2 のはうが好きで、以前はそれを一番好きなアルバムとして舉げることにしてゐた。 理由は單純で、Roxy のものより曲が多いからだ。 なんたって、Roxy にはない Inca RoadsRDNZLDog/Meat があるもんね。

Roxy the Movie のサントラは、 前述したやうに殘念ながら映畫で使はれてゐる曲全てが收めてゐるわけではなく、 入ってゐるのは全體の 2/3 ぐらゐだ (なほ、サントラだけ買ふのは不可能で、 映畫の DVD あるいは Blu-ray を買ふとサントラがついてくる、といふ仕樣)。 だから、これも曲數としては You Can't Do That on Stage Anymore vol. 2 に劣る。

しかし、この映畫、そしてサントラには、 FZ をしてわざわざメンバーの衣装まで統一して映像作品を作らう、 といふ氣にさせた、彼のバンド the Mothers 最初の黄金期が餘すところなく收められてゐるのだ。

Roxy the Movie を見て強く感じるのは、 この時期の the Mothers はパーカッションが特に秀でた編成だったといふことである。 これは、 Roxy & Elsewhere だけ 聽いてゐると、氣づきにくい點である。

實際、 Roxy the Movieサントラに收められた 11 曲のうち、5 曲T'Mershi DuweenDog/MeatEchdna's Arf (of You)Don't You Ever Wash That Thing ?Cheepnis-percussionもパーカッションが中心の曲であるのに對して、 Roxy & Elsewhere でパーカッション中心なのは 10 曲中たった 2 曲である。

大體、この時期の the Mothers は Ralph Humphrey と Chester Thompson といふ 2 人のドラマーと、 FZ 史上最高のパーカッショニスト Ruth Underwood を擁してゐた上、 FZ 自身も最初はドラマーだった人である。 パーカッションメインの曲を多く演奏したのも當然と云へよう (事實、上述した 5 曲のうち Dog/Meat では FZ 自身がパーカッションの演奏に加はってゐる)。

アルバム中の白眉はなんといっても Cheepnis-percussion だ。 これは Cheepnis といふ B 級モンスター映畫への愛を語った歌のパーカッション部分だけ、 といふことになってゐるのだが、 ちゃんと聽くと、わざわざパーカッションの 3 人だけでやるときと バンドでやるときはアレンジが異なってゐることに氣づく (顕著なのは Ralph Humphrey)。 パーカッション版のはうは、 パーカッションの 3 人がいかにすごいかを示すデモンストレーションのやうになってゐるのだ。

映畫本編では、この曲の前に Echidna's Arf (of You)Don't You Ever Wash That Thing ? の 2 曲が演奏されるのだが、 この 2 曲もパーカッション中心の曲であるし、 3 曲はメドレーで續けざまに披露されるので、 FZ がこの部分をライヴのハイライトと考へてゐたことは想像に難くない。

サントラで聽くのもいいが、 この 3 曲は是非とも實際の映像を見てもらひたい。 パーカッションの 3 人のすごさもさることながら (Ruth Underwood はもちろん、華麗な Ralph Humphrey と實直な Chester Thompson の對比がわかりやすいのも見どころ)、 バンドがみんな實にお茶目なのだ。

もともと、 Don't You Ever Wash That Thing ?FZ の曲全ての中でもトップクラスに好きな曲だったのだが、 まさか演奏中にあんなポーズをとってゐたなんて、知る由もなかった。 なぜ演奏中に全員で髪をなでつけるのか。全く謎だし全く無意味だ。 でも、それが實にかはいい。 特に、トロンボーンの Bruce Fowler が あんなに面白い人だとは知らなかった。 音だけだとこの時期のメンバーで一番目立たないのに (Bruce Fowler の名譽のために附け加へておくと、 スタジオ盤ではトロンボーン以外のホーンも一人で多重録音させられる、 一人ホーン隊とでも云ふやうな八面六臂の活躍をしてゐる)。

ちなみに、この Roxy のライヴは FZ ファンの多く、 それに FZ 自身や FZ の遺族たちにとっても思ひ入れの深いもので、 映畫が發表される 1 年前に Roxy by Proxy といふ それまで未發表だった Roxy チラ見せ音源がリリースされてゐるし、 昨年(2018 年)には、3 日間のライヴ全てどころか アルバム用にスタジオで録音された數々の音源まで完璧に網羅した The Roxy Performances といふ Roxy 決定版のやうな音源までリリースされた (FZ が編集する前の音源なので、映畫や Roxy & Elsewhere の音源がどれだけ編集されたものかがよくわかる)。

現代音樂ものやシンクラヴィアもの、 しゃべりが大部分を占めるアルバムなどがあるため、 FZ は難解だ、といふイメージを持たれてゐることがある。 もちろん、それは一面の眞實ではある。

でも、少なくともこのアルバムの FZ に難解さはほとんどない。 ときの大統領 Richard Nixon をおちょくりまくった Dickie's such an Asshole(ディッキーほんまケツ穴野郎) なんて曲もあるし(Dickie は Richard の愛稱)、 FZ のライヴではお馴染みの観客をステージに上げる コーナーが映像つきで樂しめるのも嬉しい (17 分もあるこの曲を最初から音だけで樂しめるのはかなりの上級者だと思ふ)。

FZ の多樣な音樂が聽けるといふわけではないから、 入門に最適とは云へないし、これが FZ の全てといふわけでもない。 しかし、Roxy の FZ は間違ひなく FZ の音樂全體の中でも最高峰の一つだし、 面白いのにすごい、すごいのに面白いといふ FZ の最大の魅力が遺憾なく発揮されてゐる傑作である。 そりゃあ、Queen のドキュメンタリー映畫のやうにヒットする要因は皆無と云っていい。 でも、これを味ははずに死ぬなんて、音樂好きの名折れですぞ。