When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Sun Ra

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このブログを始めた理由は、誰かに音樂やゲームの話を思ひ切りしたいと思っても、それができないからだ(特に音樂)。 要は己の欲求不滿を解消するためのもので、だから特にそれを通じて得られるものがあるとは思ってゐなかった。

が、なんとなくしか考へてゐなかったことを文章の形にしてみると、氣づかされることもある。 その 1 つが、新しいジャズのアルバムを聽く際の態度で、いくつかジャズの新譜についての感想を書いて氣づいたが、 おれは、ジャズの新譜を聽く際、大抵はそのアルバムに Sun Ra 要素を見出さうとしてしまってゐる。

別に Sun Ra 原理主義者といふほどではないので、Sun Ra 要素がないアルバムだって好きになるのだけれど、 Sun Ra 要素を強く感じるアルバムに出會ふと、さういふものにはすぐメロメロになってしまふ。 近年だと、Rob Mazurek の Exploding Star Orchestra とか Angel Bat Dawid なんかがさうだ。 Angel Bat Dawid は 2019 年のデビュー・アルバムを聽いたときから Sun Ra みが深いなと思ってゐたが、 この前のライヴ盤では 1 曲目が Sun Ra のカヴァーだった。

で、そのことに氣づいた上、bandcamp でけっこうな數の Sun Ra のアルバムが入手できるやうにもなったのだから、 せっかくだし Sun Ra の音樂について、紹介してみることにしたい。 尤も、既に bandcamp daily で Sun Ra については二度も特集が組まれてゐるので、 そちら(第 1 囘第 2 囘)から讀んでくれてもいいし、 日本語でも、アエリエルさんの「人生は野菜スープ」エレンコさんの「ジャズの名盤探検隊」なんかは、Sun Ra のアルバムを個別で紹介する記事も充実してゐる (し、どちらもおれのアホみたいな文章よりずっと素適な文章な)ので、 おれは Sun Ra の概觀を紹介するに留める。この程度を知っておけば、Sun Ra について知つたかぶりできるぞ!みたいな感じで。

さて、Sun Ra の名前ぐらゐは知ってゐるといふ人たちにとって、あるいは Sun Ra のことを初めて知った、といふ人たちにとって、 最初に Sun Ra の代表曲として意識されるのは、何を措いても Space is the Place であらう。

サックスによる五拍子とその他の四拍子によるポリリズムも印象的なこの曲は、 同年に撮影された唯一の Sun Ra 監督による映畫のタイトルにもなってゐるし、 ライヴでもさんざん演奏されてゐるから、確かに代表曲と云って間違ひない。 土星人を自稱する Sun Ra にとっては、タイトルも象徴的だ。 しかも上に貼ったものは、Sun Ra の多くのアルバムと違ひ、 ジャズ・ファンなら誰もが知ってゐる Impulse! から出てゐるから、猶のこと有名である。 Sun Ra の奏でるわけのわからんモーグの音や、Arkestra の面々によるフリーなアドリブの應酬も Sun Ra のパブリックイメージに合致するものだし。

ただ、これだけ聽いて Sun Ra を知った氣になってもらっては困るといふか、 Sun Ra ファンとしては、ほかにもいろんな曲があるんだといふことを知ってほしいんです。 まあ、Space is the PlaceImpulse! 版 は 代表曲がまとまった好盤だし、サントラ版 も ベスト盤と云っていい選曲になってゐて、どちらも絶對に買ふべきアルバムではあるんですけども。 特に前者は Lady Gaga や Yo La Tengo がカヴァーしてゐる Rocket Number Nine が入ってるので、 そっちで Sun Ra の存在を知った人には入りやすいかもしれないし。

初期のおすすめは、やっぱり代表曲 Enlightenment (なぜか bandcamp では Enlightment になってるけど、これまでのクレジット的にも、英語的にも Enlightenment が正しい、はず…)や Saturn の入った Jazz in Silhouette

代表曲と云ひつつ、Saturn はライヴで演奏されることは全然なく、 多分おれが持ってゐる數多のライヴ盤には、1 つも入ってゐない。 でもねえ、土星人ですから。この曲を聽かずしてどうすんのと。 録音が 1958~59 年なのもあって、フリー要素なし、輕快なバップが樂しめるのもポイントの 1 つ。 Sun Ra は Charlie Parker より年上で、Sun Ra としてデビューする前からジャズ界に長くゐた人だから、 かういふジャズだってたくさんやってゐるのだ。

初期なら、Sound Sun Pleasure もいい。 Thelonious Monk の大名曲 'Round Midnight で幕を開け(ライヴでもしょっちゅう演ってゐる)、 My Fair LadyI Could Have Danced All Night で幕を閉じる、 かなりポップなアルバム。なぜか Enlightenment も入ってゐる(先のものと同テイク)。

60 年代のアルバムは、どっぷりフリージャズのものが多いので、初心者には全くおすすめできない。 この時期で最も有名なのは天下の ESP から出た The Heliocentric Worlds of Sun Ra シリーズだらうが、 テーマすらないフリー・ジャズなので、Sun Ra の作曲が樂しめるわけでもなく、Sun Ra ファンのおれですらほぼ聽かない。 フリージャズならフリージャズで、Sun Ra 以外にいいのたくさんあるし、Sun Ra の魅力って曲の面白さも大きいから、 完全にフリーでやられるとしんどいのだ。

だから、60 年代のアルバムなら、BYG から出た The Solar​-​Myth Approach シリーズがいい。 歌姫 June Tyson もゐるし、vol. 1 には後年ライヴの定番曲になる They'll Come Back だって入ってゐる。 ジャケもかっこいいし(まあ、ESP のもジャケはかっこいいんだけど)。

それに對して、70 年代は Sun Ra の黄金期で、絞るのが難しいほど名盤だらけである。 が、まづはこれを聽いてほしい。

どうです、このすばらしさ。 この曲は、シングル I'm Gonna Unmask the Batman といふ曲の B 面としてリリースされた曲だが、 Sun Ra 以外の誰にこんなシンセが彈けようか。John Gilmore と Marshall Allen の 2 人が眞っ當に吹いてゐるのに、 Sun Ra のシンセはずっと調子外れだし、Danny Davis のドラムも程度の低いドラム・マシンを模してゐるやうなチープさ。 これこそ Sun Ra だ! いや、嘘です。かういふのもあるってだけで。

現在、この曲を聽くことができる名コンピ Singles は、 Sun Ra たちが他のアーティストのバッキングをやってゐた時代の曲なんかも網羅してゐるため、 Sun Ra のアルバムを追ふだけでは聽けない曲も多數あるし、 アルバムとは異なったヴァージョンが收録されてゐるものもある。 もちろん、先の The Perfect Man のやうに、ここでしか聽けないものも。 LP/CD だと 3 枚組でお値段も少し高くなってしまふが、 かつて Evidence から出てゐた 2 枚組のものより曲も増えてジャケもよくなり、 デジタルならたった 12 ユーロである。 最初に買ふものとしておすすめはしないが、Sun Ra に興味を持ち始めて、 もっと深く知りたいと思ったなら、期待に添ふものになってくれるだらう。

さて、上で紹介した Singles をリイシューしたのは Art Yard といふイギリスのレーベルなのだが、 21 世紀になってからの Sun Ra の再發/發掘について語るなら、まづはここといふぐらゐ、良質な Sun Ra 作品をリリースし續けてくれてゐる。 はっきり云ひますけど、Sun Ra 初心者を脱するには Art Yard から出てゐる Sun Ra を揃へることから考へるのがよろしい。 それぐらゐ、このレーベルが出すアルバムは外れがない。 なんたって、bandcamp で Sun Ra と検索して出てくる 2 つのアカウントのうち、 片方がオフィシャルなのは當然として、もう片方はこの Art Yard のものなのだ (最近は Sturt との共同リリースばかりなので、URI は sunrastrut になってゐるが)。

そんな Art Yard が Sun Ra リイシューの第一彈として出したのが、Disco 3000

タイトル曲がいきなりヤバいが、途中で Space is the Place も插入される、Sun Ra ならではの大コズミック・ジャズ繪卷。 このアルバムが再發されたときは、Sun Ra ってまだまだこんなのが眠ってたのか!と驚きましたよ。

ただ、このアルバムなんたって長い曲だらけだし、 フリージャズ要素もかなり強いから、最初に聽くべきアルバムではない。 Art Yard の選曲眼の確かさはよくわかるから、中級者向けだ。

第二彈としてリリースされた Media Dreams も 同時期のライヴだけあって、曲も演奏も充實してゐるが、 これも 2 枚組なので、全體的に長い。 Disco 3000 を樂しめるレヴェルに達してゐるなら、間違ひなくおすすめ。 この邊りのアルバムに魅力を感じないのであれば、Sun Ra とは縁がなかったと思ってよい。 それぐらゐ、この 2 作は Sun Ra らしさが濃縮されたアルバムだ。

ディスコ・ファンクな UFO が收録された On Jupiter は短めで初心者にもおすすめできたのだが…。 なんとオフィシャルのはうでボーナス・トラックつきのものがリリースされてしまった。 デジタルのみで LP や CD でのリリースはないが、ボーナス・トラックが UFO のライヴなので、 Art Yard 版を買ふ意味はほとんどなくなった。寧ろ、持ってても買ひ直しを考慮させられるほど。

The Antique Blacks も同じ運命を辿ったアルバムの 1 つで、 こちらはボーナス・トラックが追加されたわけではないが(寧ろ、Art Yard 版がかつての LP にボーナス・トラックを加へた形だった)、 なんと Art Yard のリリース後にマスターテープが發見され、 Art Yard 版では別れて收録されてゐた 3 曲が、本來意圖されてゐた通りの The Antique Blacks Suite として 1 曲にまとめられたものが公式からリリースされた。 1 曲目が Song No. 1 でなくなってしまったのは殘念だが、些細なことだ。 これまた、買ひ直し候補の 1 つになるので、今から買ふ人は公式からのデジタル音源を買ふのがいい。

まあ、買ひ直しといへば、Lanquidity は逆にこの度 Art Yard からリマスターされ、 本篇の曲をまるごと別ミックスでも收録してゐるため、今から買ふならそっち。 買ひ直し多くてハゲさう。

70 年代にはソロ・ピアノのアルバムも何枚かリリースされてゐる。 Sun Ra はハチャメチャにモーグを彈いてゐる印象も強いが、 眞っ當に演奏してゐるものもたくさんあり、 ソロ・ピアノものは、さうした Sun Ra の演奏者としての魅力を存分に味はふことができる。

ソロ・ピアノものはどれも味はひ深いが、 スタンダードをけっこうな割合で採りあげてゐるのが大きな特徴で、 上に貼った Over the Rainbow のほか、 St. Louis BluesTake the 'A' TrainDon't Blame MeSophisticated Lady なんかは好んで演奏されてゐる。

70 年代のライヴ盤はどれもこれもすばらしいが、 先の Art Yard から出てゐるもののやうに、長いものが多く、Sun Ra の魅力をわかりやすく傳へてくれるものが bandcamp にはまだあまりない。 まあ、これはそもそも Sun Ra のライヴ時間が長かったことに起因してゐるから、 bandcamp のアルバムが更に充實したところで、簡潔に Sun Ra の魅力が傳はるライヴ盤は出て來ないかもしれないが、 Love in Outer SpaceWe Travel the Spaceways のやうな この時期に定番となった代表曲が入ってゐるものは、一枚ぐらゐ持っておいてほしい。

その觀點でいくと、最晩年のライヴである Sun Ra at Inter​-​Media Arts, 1991 なんかはいいかもしれない。 80 年代以降の Sun Ra Arkestra の演奏は、それまでに比べるとずっと落ち着いた、それでゐて洗練されたものになってゐて、 まづ 1 曲 1 曲の演奏時間がそれほど長くないし、 響きも輕く、ポップだ。 聽きやすさでいへば、この時期のものがダントツである。

殘念ながら、勢ひや熱氣といった部分では、70 年代の録音に敵はないが、 それは逆に、自稱土星人といふ餘計な情報からくる先入觀を覆へすものであり、 Sun Ra を理解するには、かういふものから入るはうがいいのではないか、とすら思ふ。

Sun Ra は別に變な音樂ばかりやってゐたわけではない。 ほかで聽けないやうな特異な音樂をやってゐたことも事實ではあるし、 それは Sun Ra の大きな魅力でもあるのだけれど、 さうしたものは、Sun Ra および彼の Arkestra の面々が優れたジャズ・ミュージシャンであったことが大前提なのだ。

この記事が、さうした Sun Ra の魅力を誰かに傳へ、 enlightenment できたのであれば幸ひである。