When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Çaykh

ミックステープといふ文化がある。 今ではヒップホップの一つとして、 DJ がリミックスを施したトラックをつないだ作品がミックステープと呼ばれてゐるが、 もともとは個人が好きな曲を好きな順で録音したカセットのことだ。

カセットは近年リリース形態の一つとして見直されたので、 完全に廃れたものではない。 だが、それはあくまでアルバムを發表する形式のひとつでしかなく、 かつて存在した、ダビングするメディアとしてのカセットはほぼ死んだ。 そもそも、ダビングといふ文化が、MD の終焉とともに死んだやうに思ふ。 MD が死んだのはちょうど 20 世紀末頃だから、 前世紀の文化であると云ってしまっていいだらう。

とはいへ、ミックステープに似た存在がないわけではない。 最もわかりやすいのは、プレイリストだらう。 YouTube にも Spotify にも、 どこの誰だかわからない人間が作ったプレイリストは多量に公開されてゐる。

現在の意味での「プレイリスト」に近いのは DJ だが、 まあこれは家庭でやるやうなものではないし、 それが發展してプレイリストの意味が變はったわけだから、 そっちの話は措いておかう。

よく似たものとして舉げたミックステープとプレイリストだが、 この 2 つには大きな違ひがある。 その違ひは、對象者である。

ミックステープは、カセットテープといふ物理的なメディアに録音されるものであるから、 普通は大量生産されたりすることもなく、個人でのやり取りが中心になる。 それに對して、プレイリストは電子的なリストでしかないから、 對象は不特定多數だ。 要するに、ミックステープは友人間で受け渡しが行はれるプライヴェートなものであるのに對して、 プレイリストはパブリックなものである、といふことだ。

そして、それはミックステープおよびプレイリストを再生するための、大きな動機づけになる。 ミックステープは、ある特定の個人のために作られるものだ。 そこには、「おまへならきっとこれを氣に入ってくれるだらう」といふ配慮がある。 「あいつの選ぶものなら面白いものが入ってゐるだらう」といふ信頼がある。

不特定多數が相手になるプレイリストには、かういったものがない。 どこの馬の骨とも知れぬ相手の作ったリストの、一體何を信用しろといふのか。

また、これらは、ミックステープおよびプレイリストの利點であり、缺點でもある。 ミックステープは、信頼できる相手の手によるものだから、 好みのものが入ってゐる可能性は高い。 が、逆にどんなものが入ってゐるかといふ豫想も立てやすい。 相手がどんな音樂を好んで聽いてゐるかぐらゐ、友人なら知ってゐるからだ。

逆に、プレイリストは玉石混淆である。 好みのものが入ってゐるかどうかは全くわからない。 それどころか、スタージョンの法則でいけば、9 割はクズである。 が、それだけに豫想だにしないものが入ってゐる可能性は非常に高い。

だから、いいプレイリストを探すのは困難を窮めるが、 それゆえに、好みのプレイリスト作成者を見つけたときの喜びもまた一入になる。 おれにとって、Çaykh(ドイツのミュージシャン Nicolas Sheikholeslami がミックステープを發表するときの名義)はまさにそれだった。

Çaykh の作品をプレイリストと呼ぶのは語弊がある。 なぜなら、誰の何といふ曲が使はれてゐるのかが明示されてゐないからだ。 上に貼ったものなどは、實際にカセットも販賣されてゐたわけで、 ミックステープと呼ぶ方が正確だ。

しかし、在り方としてはプレイリストに近い。 なぜなら、これは不特定多數に向けて發表されたものだからだ。 まあ、この邊のことは言葉の問題でしかないので、どうでもいいといへばどうでもいい (DJ 作品的な意味でのミックステープと呼ぶのが最も正確だらう)。

Çaykh(ところでこれ、なんて讀むの?)の作品で嬉しいのは、 ほとんどがワールド・ミュージックで構成されてゐることだ。 ワールド・ミュージックは數が多すぎるのと、 ジャンル名がいい加減すぎて中身が全く統一されてゐないために、 自分で好みのものを見つけるのは素人には難しい (Awesome Tapes from Africa だとか Sublime Frequencies のやうな特化レーベルでもあれば別だが)。

その點、Çaykh の選んでくるワールド・ミュージックは、おれの好みに合ったものが多い。 どこから見つけてきてゐるのかは知らないが、ありがたいことこの上なし。 さうなんだよ、おれは世界に溢れるいろんなリズムを聽きたいんだ。

しかも、どれもこれも無料である。 まあ、SoundCloud のものをダウンロードするのはひと手間かかるが、 ひと手間かけてでも落とさうと思へるものだからデメリットよりメリットの方がずっと大きい。

時折、知った音樂が入ってゐるのもいい。 Steve Reich や Miles Davis といったメジャーどころもあるが、 なんでこんなもんドイツ人が知ってんだよ、と思ふやうなものまである。 一例は、原マスミ。日本人にも多分あんまり知られてないぞ。

坂本慎太郎の ずぼんとぼう と Herbie Hancock の Watermelon Man(Headhunters のヴァージョン)が入ったミックスもあった (ちなみにブログ最下部にある SoundCloud の埋め込み、 たった 4 トラックしか表示されないのだが、 Çaykh の文字をクリックして飛べるリンク先にはまだまだ山ほどミックスある)。

いやあ、こんなものが無料で聽けるなんて、いい世の中ですねえ。 みんなもっとばんばんミックステープを發表してもらひたいものだ。 ただ、bandcamp やら SoundCloud やらで無料で發表されてしまふと氣づかないので、 なるべくカセット邊りのフィジカルなリリースもしてください! オナシャス! (でないと、レコ屋のメルマガとかに載らないので――Çaykh のことを知ったのは Boomkatのメルマガだった。)

でも、實際は近い將來に AI が自分向けプレイリストを作ってくれるやうになるんだらうなあ。 購買履歴からおすすめ商品を見つけてくるのを發展させればいいだけだもんな。