When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Kanye West: My Beautiful Dark Twisted Fantasy

ドラゴンボール Z の ED 曲って、こんなベースかっこよかったのか! と衝撃を受けたのは、昨日のことだ。

先日、全音源の販賣を停止してしまった Stephan Mathieu のアルバムのサポーターの中から、 なんとなく日本人っぽい人の名前を見つけたので、 その人のコレクションを覗いてゐたら、 やる夫(ビート会議)と DJ badboi のスプリットカセット『ス​ー​パ​ー​ギ​ャ​ル​ズ 〜​ウ​チ​ら​極​上​DJ​伝​説​〜』 なるものを見つけた。

やる夫なんて名前で活動してる人がゐるのかよ、と思って聽いてみたら、 これが古い(といっても、昭和末期ぐらゐ)日本の曲によるミックステープで、 和モノ DJ なる人たちがゐることをここで知った。

で、A 面を擔當してゐる DJ badboi 氏の別のアルバム『秘密の道具箱』を聽いてみた、といふ流れ。

アルバムの中身に驚かされたのは最初に書いた通りだが、 ジャケットにも驚かされた。 なんと、日本人なら誰でも知ってゐる『日ペンの美子ちゃん』を描いてゐる人だといふではないか(6 代目らしい)。 しかも、その仕事をすることになったのは、パロディである『日ポン語ラップの美ー子ちゃん』を描いてゐたからだとか。

そんなこと書かれたら、氣になるぢゃないですか、『日ポン語ラップの美ー子ちゃん』。

で、twitter や pixiv で公開されてゐるものをいくつか讀んでみました。

おもろい!  もともと日本語ラップに詳しかった作者が、 數年前の日本語ラップが流行った時期に慌てて公開したらしいが、 確かに中身はマニアック(日本語ラップで何がメジャーかなんて知らないが、「マキのペニ皮」は確實にメジャーではあるまい)。 にも拘はらず、ミスマッチなはずの昭和末期少女漫畫の繪柄を使ふことで、逆におもしろおかしく日本語ラップを紹介することに成功してゐる。 おれもこんな風にスマートに自分の好きな音樂を紹介したい…。

でも、讀んでみて、やっぱりなと思った部分もある。 タイトルが『日ポン語ラップの美ー子ちゃん』だから當たり前といへば當たり前なのだが、 書かれてゐるのはラップの話ばかりで、音樂の話はほぼ皆無なのだ。 「ラップが今日本でもっともまともな音楽よ」って云ってるのに、音樂の話はなし!

これはかつて、Kendrick Lamar のすごさがわからず、 ググったときの不滿と同じものだ。 誰も彼も、Kendrick Lamar のリリックがすごい!って話しかしない。アホかよ。

何度も書いてゐる通り、おれは音樂において歌詞はほぼ價値のないものだと考へてゐる。 歌詞がわからずともいい音樂はいいし、クソな音樂はクソだ。

ラップを用ゐる音樂は、その特性上、歌詞が非常に大きく扱はれるが、 ぢゃあ英語が堪能かんのうでなければ、 Kendrick Lamar や Kanye West のすごさはわからないのか?

全然そんなことはない。 おれのやうに、歌詞を全くといっていいほど聽かない人間にすら、 彼らの音樂のすばらしさはわかる。 といふわけで、Kanye West のすごさについて、ちょっと書く。

ヒップホップとは、もともと他人の音樂を借りてきて(サンプリングして)作られる音樂である。 現代はヒップホップも非常に發展してゐるため、 他人の音樂を借りるのではなく、自前で優れたトラックを作ってゐる人たちもたくさんゐる (おれの大好きな clipping とか)。

しかし、Kanye West のすごさは、 サンプリングチョイスの見事さと、それらの組み合はせ方のうまさである。 とにかく、Kanye West は素材の選び方がうまいし、 その素材を使ふ構築力もずば拔けてゐる。

Kanye West に特徴的なのは、メジャーな曲でも全く氣にせずサンプリングしてしまふことだ。

例へば、Kanye West の名を一躍有名にした Jay-Z の Izzo (H.O.V.A.)

この曲でサンプリングされてゐるのは、 R&B やソウルにそれほど詳しくなくても知ってゐる超有名曲、 Jackson 5 の I Want You Back だ。

まあ、この曲でのサンプリングはまだ地味だ。 超のつくほど有名な曲ではあるが、Michael Jackson の歌が入ってゐる部分ではないから、 そこまで印象的なわけではない。 そこ持ってきたか~、ぐらゐのもんである。

ソロデビューしてからはもっと大膽で、 2nd の Late Registration に收録されてゐる Touch the Sky では、 Curtis Mayfield の名曲 Move On Up がサンプリングされてゐる。

かうした超有名曲を使ふのは、普通はダサい行爲である。 引用といふのは、マニアックなものを採り上げるからヒップなのであって、 誰もが知る有名曲をサンプリングするのは、俄か感が高く、 中學生でも恥ぢてやらない行ひである。 有名曲は、使ふにしてもリズムの部分だけで、 その曲を決定づけるフレーズは使はないものなのだ。

なのに、Kanye West は躊躇なく使ふ。 最高傑作 My Beautiful Dark Twisted Fantasy からの 1st シングルなんかこれだ。

King Crimson の 21st Century Schizoid Man!!! しかも、思ひっきりサビのとこ!!!! 曲名云っちゃってるよ!!

この曲の、「21st century schizoid man」と唄ふところだけをサンプリングして曲にばっちりはめ込むなんて、 Kanye West 以外の誰にできるといふのだらう。

Cold Grits の It's Your Thing からドラムをパクってくるのは、まあわかる。 いかにもヒップホップでサンプリングされさうなドラムだから。 でも、その上で Afromerica をループさせ、 21st Century Schizoid Man のサビで締める構成。 天才かよ。いや、天才なんだけどさ。

My Beautiful Dark Fantasy は本當に凄まじいアルバムで、 最初から最後までほぼ隙がない。 Kanye West のよさがわかり始めた頃、 「Kanye West album ranking」でググったことがあるのだが、 2 位以下は全く統一性がないのに、1 位はどのサイトでも判で押したやうに My Beautiful Dark Fantasy だ。

これは、Aphex Twin の名曲 Avril 14th の短いフレーズ (ラストにちらっとだけ現れるやつ!)で 8 分弱を押し切る Blame Game

Aphex Twin の元曲にドラムは入ってゐない。純粹にピアノだけの曲である。 それにドラムを入れて、違和感なく別の曲に仕立て上げてしまふのだから參る。 このフレーズは、この曲のために用意されてゐたのではないかとすら思ふほどだ。

前年(2009 年)にビルボードで 16 位まで昇った Bon Iver の Woods の歌の部分をほぼまるまる使った Lost in the World なんて曲もある。

ヴォーカルパートにそれほど大きな變化はないのに、受ける印象は全く別物だ。 もともとの曲がほとんどアカペラに近いことも印象をガラッと變へる原因にはなってゐるが、 テンポの變更も曲調を新たなものにすることに寄與してゐる。

しかも、それを Gil Scott Heron の朗讀につなげるなんて、どうやったら思ひつくわけ?  Gil Scott Heron はヒップホップでさんざんサンプリングされてゐる人だとは思ふが、 それは彼がファンクをバックに朗讀したり唄ったりする人だからであって、 ファンクなしで朗讀だけサンプリングするとは思はんよ。

かねがね、電子音樂を作ってる人間の頭の中身はさっぱりわからんと思ってゐたが、 Kanye West を聽くと、ヒップホップ作ってる人間の腦の構造もさっぱりわからんな、と痛感する。 どういふ姿勢で音樂を聽いてゐるのか。 おれがさらっと聽いてゐる音樂の一部を、 「これはあれと組み合はせてかうしたら面白いな」みたいに捉へられるわけでせう? どうなってんだよ…。

ほかにも、Black Sabbath の Iron Man のメロディが顏を出す Hell of a Life や、 Carole King、Gerry Goffin による名曲 Will You Love Me Tomorrow の Smokey Robinson によるヴァージョンをサンプリングした (合計 10 秒ぐらゐだけ!) Devil in a New Dress なんかも紹介したいところだが、 最後に Enoch Light and the Glittering Guitars による The Turtles You Showed Me のカヴァー(マニアックすぎる!)をサンプリングした Gorgeous を貼っつけておく。 いやほんと、なんでたった 10 秒ぐらゐのフレーズで 1 曲作れるわけ? すごすぎるわ。

あ、ところで、全部聽いてくれた人に訊きたいことがあるんですけど、 これだけ聽いて、Kanye West のラップ、印象に殘りました?  リリックすごいなーって思ひました?

正直、おれは Kanye West の音樂で、もし要らないものがあるとしたら、それは Kanye West のラップだな、と思ってゐます。 だって、あってもなくてもいいもん。そう思ひません?