When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Lionel Marchetti: Planktos

購讀してゐるブログのサムネがくらげだったので、 くらげがジャケットになってゐるアルバムを紹介する。

この Planktos といふアルバムは、 2020 年にリリースされた數多のアルバムの中でもトップクラスの名盤で、 未だに愛聽してやまないのだが、 そんなアルバムを今に至るまで紹介しなかった理由は單純である。 それは、このアルバムが、ミュジーク・コンクレート作品だからだ。

ミュジーク・コンクレート(musique concrète)のコンクレートは、「具體的な」を意味する形容詞で、 まあ、英語の concrete と同じである。 音樂といふ抽象的な藝術の中でも一際抽象度の高い電子音樂のサブジャンルに、 「具體音樂」なんてのがあるのはちゃんちゃらおかしいのだが、 一應、かつては本當に具體音、つまり自然の音だの樂器以外のものが出した音(サイレンとか石とか)を使った音樂だった。

ただまあ、いくら音樂が「人間によってオーガナイズされた音」を指すとしても、 さういった音の使ひ道なんてそれほどなく、 現代では「フランスの作家が作った電子音樂で、現代音樂寄りのもの」全般がミュジーク・コンクレートと呼稱されてゐるやうに思ふ。

Lionel Marchetti の作品も、ほとんどはミュジーク・コンクレートといふことになってゐるが、 大部分はシンセサイザーであったり、加工された樂器の音だったりで、 自然音を加工して作ったやうなものは(恐らく)全然ない。

この Planktos は 2015 年から 2020 年にかけて作曲およびリアライズされた作品で、 なんとおよそ 4 時間弱に及ぶ大作である。

ともあれ、どんなものなのか、實際に聽いてみてほしい。

いや~、おれが紹介を躊躇してゐた理由、おわかりいただけたらうか。

先にも書いた通り、音樂といふのは具體性に缺ける藝術である。 もちろん、音階や和音、リズムといった要素だったり、調性やポリフォニーといった形式も存在してはゐるし、 多くの曲にはタイトルもついてゐる。

しかし、それらは別に強固に現實世界の何かと結びついてゐるわけではない。 恋愛の歌があったとして、言葉がわからなければ、一體その曲が恋愛の何を唄ったものなのかはさっぱりわからないはずだ。 當然、恋愛を表すリズムや和音などといったものも存在しない。 音樂の具體性とは、大抵の場合、さうした強辯でしかない。

それでも尚、多くの人が音樂に親しんでゐるのは、 われわれがさうした見せかけの具體性を受け容れてゐるからである。 では、その具體性が感じられない音樂があった場合、人はどう感じるのか。

さういった、具體性の感じられない音樂の代表例が、電子音樂である。 なんたって、2020 年にリリースされた音盤でトップクラスのものと絶賛したおれですら、 何がそんなにいいのか、全く言葉にすることができないのだ。 そもそもこれは五線譜に書き表すことができる音樂なのか?

實際に聽いてゐるときは、 あらゆる瞬間に「ああ、なんてすばらしい音なんだ」と、恍惚としてしまふのだが、 この感覺を説明するのは困難を極める。 自分でもなぜ恍惚とするのかわからない。

豫想や期待といったものが成り立たない音樂であるのに、 好きな音が、好きなタイミングで、好きな位置から聞こえてくる。 もちろん、實際は逆で、そのときどきに鳴ってゐる音が好ましいものであるだけなのだが、 自分でも知らない好みを云ひ當てられてゐる氣分になってしまふのだ。

Planktos とタイトルがついてゐるため、 bandcamp で感想を書いてゐる人たちは、 深海がどうのかうのと云ってゐるのだが、 この音樂に深海要素は特にない。 プランクトンの何かを録音して使ってる、とかでもないやうだし。 まあ、確かにぼんやり聽いてると海中を搖蕩ってゐる心持ちにならなくもないが、 それはタイトルやジャケットに引っ張られてゐるだけで、はっきり云って氣の所爲だ。

近年の Lionel Marchetti の音源は bandcamp のみでリリースされることが多く、 この作品もその例に洩れないのだが、 お蔭でどの程度賣れてゐるかはかなりきっちりわかる (コレクションから隠してゐる人が存在する可能性もあるので、完全にわかるわけではない)。 それによると、なんとこの作品、たった 83 人のコレクションにしか登録されてゐない。 好意的に見て全世界で 100 人ほどしか買ってないってのは寂しい話である。

その少ない購入者の中に Stephan MathieuLasse MarhaugJos Smolders の名前があるのは嬉しいが、 電子音樂ってマジで賣れねえんだな…。 おれの中で好きなジャンルトップ 3 に入る音樂なんだけども。

まあ、電子音樂が樂しめるかどうかは慣れの部分も大きいので、 今度、電子音樂入門のための記事でも書かうかと思ひます (ずっと前から考へてはゐるんだけど、最良の入門コンピが廃盤なんですよね…)。

ではまた。