Spotify playlist #1
同僚に、音樂の趣味が少しだけ被る子(おれよりずっと若い)がゐる。 まあ、普段聽いてゐる音樂は多分ほとんど被ってゐないだらうが、 灰野さんの名前を知ってゐる人は貴重だし、普通にいいやつなので仲良くやってゐる。
で、その子が先日、「今さらジャズを聽き始めたんですけど、なんかおすすめあります?」なんて可愛いことを云ふもんだから、 ウキウキしておすすめを選ぶことにした。
昔なら CD-R に好きな曲を燒いて渡すところだが、その子が Spotify をサブスクしてることを思ひ出したので (おれはアカウントだけ持ってゐる状態)、 Spotify でプレイリストを作ってみることにした。それが、下記のリストである。
せっかくだから、今日はこのリストについて、蘊蓄を述べたい。
まづは Art Tatum を 2 曲。どちらもスタンダード。 Tatum はバップ以前の人だが、形式としてはモダン・ジャズに分類されるであらうジャズをやってゐた最初期の人である。 恐ろしい技倆の持ち主で、未だにジャズ・ピアニスト・ランキングで 1 位に選ばれたりもする人だから、 聽いといてほしいな、と思って。
最初は Willow Weep for Me だけでいいかなと思ったんだけど、 これ、Art Tatum が一人でピアノ彈いてるだけなんですよ。 どうせならバンドものも入れときたいなあと思って、Tea for Two を追加。
3、4 曲目は Charlie Parker。まあ、ジャズと云はれたら外せませんよ。 曲は Now's the Time と Donna Lee。 まあどっちも定番ですね。定番すぎて Now's the Time は有名なのとは違ふテイクのやうな氣もするが、 Spotify のやつって、どれがリマスターされてるやつなのかとかわかりにくいんですよ。 だから、はっきりリマスターって書いてあるやつにしときました。 うちにある CD から選ぶのなら、そんな苦勞はないのに…。
5 曲目は Thelonius Monk。Monk はピアニストとしてより、作曲家としての評價のはうが壓倒的に高いので、 Monk 自身のものとしてどれを選ぶかは惱んだんだけど、 他の人がやったよりよいヴァージョンがぱっと思ひ浮かばなかった Blue Monk にしておいた。 そもそも、Blue Monk やった人と云はれて思ひ出せるのが細野晴臣と Steve Lacy しかゐねえ。
6 曲目は Sonny Clark で Lover。 Cool Struttin' は中身もさることながら、かっこいいジャケでも有名なアルバムだが、 我が家にはレコードしかないので、ボーナス・トラックの存在は知らなかった。 今の CD は Lover が入ってるのね。 おれ、この曲は大好きなんだけど、一番好きなのは Jimmy Bryant のやつなんですよ。灰野さんの DJ アルバムの最初に入ってるから。 でもそれをジャズ入門に入れるわけにもいかないなあと思ってたところに Sonny Clark 版があった上、 Cool Struttin' の紹介もついでにできるなら Sonny Clark でいいぢゃん!と。
7 曲目は Sonny Rollins で A Night in Tunisia。 こりゃもう定番だから説明不要でせう。Sonny Rollins は 1 曲は入れておきたいし、 A Night in Tunisia も入れておきたい曲の 1 つ。 兩方を兼ね備へるこれ入れとけば一石二鳥! 入門なら St. Thomas を入れるべきなのかもしれないが、あの曲ベタすぎてなんかちょっと恥づかしくなるんですよね…。
8 曲目は Shelly Manne の Get Me to the Church on Time。 Shelly Manne 名義ではあるが、この曲の入ったアルバム My Fair Lady の主役はピアニスト André Previn だ。 この明るく輕快なピアノ! André Previn はこの頃はジャズ・ピアニストだが、60 年代後半からはクラシックの指揮者として名を馳せてゐて、 長く London Symphony Orchestra の音樂監督だったことで知られる。 たぶん、ジャズ・ピアニストとしてより、指揮者としてのはうが有名なんだけど、 ジャズ・ピアニスト時代の作品も、どれもこれもいいんですよ。 かつてはジャズ時代のアルバムを集めたボックスが賣られてゐて、うちにもそれがあるのだが、今は賣られてないのかな。
9 ~ 13 曲目は Miles Davis。 Miles Davis のすごさは、その偉大さに反して、聽きやすい曲だらけなことだ。 同じぐらゐ偉大とされてゐる John Coltrane は、重い曲が多い印象があって、 個人的には初心者には勧めづらい。超名盤とはいへ、いきなり A Love Supreme とか聽かされても困るでせう。 でも、Miles Davis なら聽かせたい曲は山ほどある。
まづは Monk のオリジナルより有名な 'Round Midnight。 Straight, No Chaser も Monk より Miles のヴァージョンのはうが廣く聽かれてゐるが、 Miles Davis が意識してゐた、「女を口説くときに流れてゐてもおかしくないジャズ」といへばこっちでせう。
Autumn Leaves が契約上の都合で Cannonball Adderley 名義なのはファンには有名な話。 その所爲で、58 年録音なのに、當時のクインテットとは全然違ふ面子なのも特徴で、 ドラムは Art Blakey だし、ピアノは Hank Jones だ(弟の Elvin Jones のが有名だが、Charlie Parker ともやってた人である)。
On Green Dolphin Street と Love for Sale は 今は Kind of Blue のボーナス・トラック扱ひだが、 もともとは日本獨自の編集盤 1958 Miles に收められてゐた曲。 池田満寿夫のコラージュによるジャケもすばらしい。 どちらも Bill Evans の流麗かつリリカルなピアノが最高で、 特に Love for Sale でのソロは、Bill Evans のソロで個人的には一番好き。
Kind of Blue から 1 曲となると非常に難しいが、All Blues にした。 Miles Davis が偉大なバンドリーダーであることは誰も否定しないと思ふが、作曲家としてはどうなのってーと、 そんなに有名な曲がたくさんあるわけぢゃないんですよ。 Miles Davis って人は、自分で曲を書く人ではなく、方法論を提示する人で、 曲自體はバンドメンバーのものやカヴァー(ジャズでは普通のこと)が多い。 エレクトリック時代になると Miles Davis 名義の曲ばかりになるが、1 曲が長く、アドリブだらけだから、作曲された部分はたぶんすごく短い。
All Blues は、さうした Miles の數少ない、彼名義の曲の 1 つで、 恐らく、この曲が Miles Davis 名義の曲の中で最もカヴァーされてゐると思はれるのが、これを選んだ理由だ (まあ、Charlie Parker の曲として舉げた Donna Lee もほんとは Miles Davis の曲ですけど)。 その他の時代もすごい曲揃ひの Miles ではあるが、まあ入門には不向きなので大膽にスルー。
Art Pepper の You'd Be So Nice to Come Home to は友人に云はれて思ひ出した曲。 アルバムタイトルの Meets the Rhythm Section は、 Miles Davis のリズム隊であった Red Garland、Paul Chambers、Philly Joe Jones の 3 人を指す。 Kind of Blue 以前、 上に選んだ曲の中では 'Round Midnight がこのリズム隊による演奏。
この曲を選んだのは、英文法の本だったかで、なぜこの曲のタイトルの最後に to がつくか、みたいな話を讀んだから。 このアルバムを選んだのは、リズム隊の 3 人がめちゃくちゃ好きだからですね。
ってわけで、Paul Chambers の名盤 Bass on Top からも 1 曲。 ピアノは前述 Hank Jones、ドラムは Art Taylor、ギターに Kenny Burrell を迎へたカルテットでの演奏。 サントリーにホワイトってウヰスキーがあるけど、 このウヰスキー、ホワイトって名前のくせに、CM に黒人を使ひまくってて、 この Dear Old Stockholm も Miles Davis のヴァージョンが使はれてゐたのを憶えてゐる (が、ググってもちっともそれらしい情報がヒットしない…)。 有名なのは Stan Getz のヴァージョンだが、この曲のベースは Paul Chambers に彈いてゐてほしい。
しりとりのつもりではないが、Kenny Burrell のリーダー作も 1 曲入れておきたかったので、これ。 Midnight Blue ってアルバムタイトルもジャケもかっこよすぎるので、 このアルバムを聽くと、Kenny Burrell の印象はこれで固定されてしまふ。 そもそも Kenny Burrell のギターが、このタイトルとジャケにぴったりすぎるんだよ。ずるい。 ジャズでブルーズ聽きたかったら、まあこれですよ。
17 曲目にして、やっと John Coltrane だが、ド定番の Giant Steps と My Favorite Things を。 Coltrane といへば、何はなくともこの 2 曲。 ほかにも聽くべき曲は山ほどあるが、この 2 つだけは絶對に外せない。 コードによるジャズとモードによるジャズの代表例でもあるし。さすがにここで變な選曲するほどひねくれてゐません。
ハードバップといへば Lee Morgan。 特にこの The Sidewinder は一度聽くと頭から離れなくなる強烈なインパクトがある。 Vol. 3 だとか Here's Lee Morgan も名盤だが、 ハードバップを代表する曲っつったらこれしかないでせう。 どんどん難解になっていったビバップと對比して、明快なのがハードバップのいいところだが、 これはその部分が如實に出てゐる名曲中の名曲。 ハードバップ自體はアドリブの許容度の狭さゆゑ、すぐ廃れてしまったが、すぐ廃れたからって惡いものだったわけぢゃあないのだ。
20、21 曲目は Tristano 派。 Lenny Tristano その人の大きな特徴は、リズムの扱ひである。 Tristano のアルバムって、ポリリズムだらけなんですよね。 しかも、わざわざピアノを多重録音してまで實現してゐる。 1955 年に多重録音してゐたのがまづすごいが、1949 年の時點でフリージャズをやった人だから、 ぶっちぎりの前衛である。 おれはリズムに凝った音樂が大好きなので、 Tristano のアルバムは全部こよなく愛してゐるのだが(まあ數枚しかないが)、 初心者でもわかりやすいのはこれでせう。
Tristano の愛弟子であった Lee Konitz の代表作といへば、まあこれだ。 デビューアルバムが代表作と云ふのはちょっと申しわけなさを感じるが、仕方ない。 ピアノは Tristano が彈いてゐるが、こちらは Lee Konitz がリーダーなので多重録音はないし、リズムが氣持ち惡かったりもせず、 さういった要素を拔きにした「トリスターノ派」の音樂がどういったものだったかを示す好例。 Tristano の 1st B 面にもかういったライヴ演奏は收められてゐるが、どうせならより録音が古いこっちで(1949 年録音)。
Herbie Hancock も名曲だらけだが、中でも Cantaloupe Island はダントツのかっこよさ。 リズム隊は當時 Miles Davis クインテットのリズム隊だった 3 人、トランペットは名手 Freddie Hubbard で、 面子の豪華さでいへばこの録音が一番だらうが、Cantaloupe Island の録音はどれもこれもいい。 抑制されたテンションとループ感のあるピアノ。曲がかっこよすぎるんだよなあ。 續く Maiden Voyage ももちろん名曲だが、Cantaloupe Island には負けますね。
Eric Dolphy は 2 つ。最初の曲はこのブログを始めたばかりの頃に紹介したので省略。 この Jitterbug Waltz を Mingus がライヴでやってゐるのはこの時期ぐらゐだが、 Eric Dolphy の録音ならいくつかあるので、この曲を選んだのは Dolphy なのだと思ふ。 Jitterbug Waltz では Dolphy の輕やかに舞ふフルートを堪能できるが、 Dolphy といへばバスクラも聽いてほしいとすべての Dolphy ファンが思ふであらうから、 バスクラの曲も 1 つ。 どうせなら At the Five Spot から入れたかったのだが、あのアルバムどれもこれも長すぎる! 仕方ないので、Booker Little がゐる唯一のスタジオ盤 Far Cry からボーナス・トラックで收録された Serene を。
Dolphy つながりで Stolen Moments も。 なんか Spotify のやつ、ジャケが變だけど…。 これまでに名前を出した Freddie Hubbard、Eric Dolphy、Bill Evans、Paul Chambers の 4 人が参加してゐる豪華な曲。 Eric Dolphy の參加した Oliver Nelson のアルバムはあと 2 つ Screamin' the Blues と Straight Ahead があるが、 この Blues and the Abstract Truth だけ異様に面子がゴージャスである。 これ以外で Eric Dolphy と Bill Evans が一緒にやってるアルバムなんてないと思ふ。 曲自體も押しも押されもせぬ名曲ですね。
大好きな Rahsaan Roland Kirk からも 1 曲。 Duke Ellington の曲だが、一度の何本もの管樂器を吹く Roland Kirk の特異さもわかるし、 さういふ變な人でありながら、非常に歌心あふれる演奏や選曲をする人だったことも傳はる名演。 名盤だらけなので、變な先入觀なしで聽いて、よさを知ってもらひたい。
Ornette Coleman はフリージャズではあるが、聽きやすくかっこいい曲がいくらでもある。 この Blues Connotation は最近になってかっこよさに氣づいた曲。 スピーディーで、その速度で普通ではない音の選び方を押し切ってしまふ強引さがたまらない。 Ornette Coleman で一番よく聽くアルバムは At the Golden Circle なんだけど、 初めて聽くならやっぱり Don Cherry と Charlie Haden がゐる時代ですよ。
Keith Jarrett の 1 曲も難しかったが、前に紹介した The Windup にしておいた。 european quartet だし、リズムへんてこだし。この透明感あるキリリとした演奏よ。
初心者向けリストに入れるべきでないとわかってはゐたが、Steve Lacy を入れるのは我慢できなかった。 ジャズ・ミュージシャンで、恐らく一番好きなプレイヤーだから仕方ない。 曲は Thelonius Monk だから許してくれ。 ピアノの Misha Mengelberg だって、Eric Dolphy の Last Date でピアノ彈いてる人ですよ! (まあ、おれからしたら ICP の創始者の 1 人であり、最も偉大なフリージャズピアニストの 1 人ですけど)。 はあ~、それにしても Lacy のこの自由さ。これがジャズだよ。 Steve Lacy についてもいずれ記事を書きたいですね。
31 ~ 34 曲目は新しめのやつ。
Rob Mazurek のプロジェクトの 1 つ、Chicago Underground Duo のこの曲は、初めて聽いたときぶったまげたやつ。 打ち込みとジャズが完璧に同居してゐる! 今ぢゃ珍しくもないが、當時は打ち込みってわざとらしくてジャズには全くそぐはなかったんですよ。 これは 2002 年にリリースされた 3 枚目のアルバムに入ってゐる曲だが、 これ以前にも 2nd に入ってる Fluxus とか同じやうな曲はある。 これを選んだのは單純に好みの問題。Chad Taylor のドラムも闊達すぎて見事。 現代のドラマーではベスト 3 に入るぐらゐ好き。
日本人はフリージャズばっかり聽いてゐるので、聽きやすい渋さ知らズを入れておいた。 ライヴで合ひの手入れるのが樂しいんだよね、この曲。 いや、渋さ知らズのライヴは始めから終はりまで樂しいですけども。 こればっかりは實際にライヴ行ってもらひたい。
33、34 曲目はおれがさんざん貢がされてる International Anthem から。 正直、現代のジャズは International Anthem チェックしてればいいんぢゃないの、とまで思ってゐる。 まあ、おれが Robert Glasper みたいなシャレオツなやつ聽かないからだけど。
トリを飾るのは美空ひばり。 美空ひばりのジャズシンガーとしての力量はタモリや山下洋輔も認めるほどだが、 これ聽きゃ納得でせう。 だってこれ、17 歳のときの録音ですよ。スキャットうますぎでせう。 美空ひばりが手本にしてゐるのは 1952 年リリースの Duke Ellington のアルバム Ellington Uptown に入ってゐる Betty Roché のヴォーカルで(スキャットから明らか)、 Betty Roché もいい歌手だが、その録音當時は 34 歳。 美空ひばりが、その半分の年齢で、Betty Roché より遥かにスウィングした録音を殘してゐるのは脅威と云ふほかない。
ちょっと書くだけのつもりだったのに、かなり長くなってしまった。 まあ、それだけ好きな曲を入れたってことで勘辨してください。