When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Bill Evans: Symbiosis

もしあなたが、人竝以上に音樂を愛してゐると自負してゐて、 にもかかはらず Antônio Carlos Jobim の音樂をしっかり聽いたことがないなら、 今すぐにでも彼のアルバムを買ふべきである。

Jobim といへば、誰もが知る The Girl from Ipanema や、 ボッサ・ノーヴァ史上最高の録音であると云はれる Aguas de Março が有名すぎて、 ああはいはい、ボサノバの偉い人ね、ぐらゐに思ってゐる人も多いだらう。

今すぐその先入觀は捨ててしまへ。

おれは、長らくボッサ・ノーヴァほどつまらない音樂もない、と思ってゐた。 すべてが同じリズムであるのは仕方ないにしても、どれもこれも似たやうな曲調で、あくびが出るほど退屈だと。 どれ聽いても同じぢゃないかと。

Jobim を聽いて、おれは自分の思ひ込みがいかに淺薄なものであったかを思ひ知らされた。 Astor Piazzolla はタンゴに新たな生命を吹き込んだことで有名だが、 ボッサ・ノーヴァにおける Jobim はそれよりもっとすごい。 ボッサ・ノーヴァ創始者の一人でありながら、誰よりもボッサ・ノーヴァの枠を廣げた人なのだ。

おすすめは、Jobim(オリジナル・タイトルは Matita Perê だが、 アメリカ版である Jobim にしか英語版 Aguas de Março は收録されてゐない)と Urubu。 この 2 枚を聽いて Jobim の天才がわからないなら、まあ、なんといふか、ご愁傷さまである。

この Jobim の作品を語る上で外せないのが、Claus Ogerman(片假名だと專らオガーマンと表記されてゐるが、 英語圈の人の發音を聽く限り、オーガマンである)だ。 Ogerman は Jobim の多くのアルバムに指揮者・アレンジャーとして參加してゐる。 Ogerman なくして、ボッサ・ノーヴァの枠を大きく飛び越えた Jobim の音樂が實現されることはなかっただらう。 Jobim の才は、Ogerman によって花開くことができた、と云っても過言ではないやうに思ふ。

その Claus Ogerman と、 ジャズ・ピアニストのランキングを作ったら必ずベスト 10 以内には選ばれるであらう Bill Evans の 2 人が共演したアルバムが Symbiosis だ。

この Symbiosis は 1974 年の作品だが、 Claus Ogerman と Bill Evans はそれ以前にも 2 枚の共演作を發表してゐる。 1963 年の Plays the Theme from The V.I.P.s and Other Great Songs と 1965 年の Bill Evans Trio with Symphony Orchestra だ。

前者は有名なテレビや映畫のテーマ曲を演奏したもので、 わざわざこの 2 人にやらせなくてもいいだろ、と思ふ内容。 云はれたから演奏しました、みたいな感じでジャズ的な面白さは皆無。 まあ、リリース元 MGM だしね。

後者は Verve から出てゐるだけあってしっかりジャズしてゐるが、 ジャズ + オーケストラものって、かなりしっかり作らないと手拔きに聞こえてしまふ。 なんでって、オーケストラって形態がそもそもモダン・ジャズの根本であるアドリブと相性が惡いからだ。 アドリブのやうな輕やかな動きを實現するには、オーケストラはいささか圖體が大きすぎる。

實際、Bill Evans Trio with Symphony Orchestra を聽けばわかるのだが、 Bill Evans がソロやってるときのオーケストラの静かなことといったら!  テーマ部分ではじゃんじゃん盛り上げるのに、ソロに入った途端默りこくるんだもんねえ。 あんたら、賑やかしのためだけにゐるんすか?

Miles Davis と Gil Evans の共演作が高い評価を受けてゐるのは、 さうした部分をきっちり練り上げ、 Miles の樂團がオーケストラとしっかり絡み合ひ、一體となった音樂を紡いでゐたからであらう。 前もってきっちり構築すべきものは構築しとかないと、オーケストラのよさは發揮されないのだ。

Bill Evans と Claus Ogerman のおよそ 10 年ぶりの共演となった Symbiosis では、 さうした點がきっちり考へられてゐる。 かつてのやうな取ってつけた感はなく、 Ogerman によるオーケストラと Evans トリオによる演奏が互ひを引き立てる。

ストリングスが優雅に設へたカンヴァスの上をホーン隊が跳ね囘り、 その隙間を縫ってピアノが點を打っていく。 何より見事なのは、 さうした全體の流れをときに加速させ、ときにぴしゃりと締める Eddie Gómez のベース。 Bill Evans のベーシストといへば Scott LaFaro と思ってる人は多いだらうが、 Eddie Gómez 時代も名盤はたくさんある。 Scott LaFaro がすごすぎる所爲で割りを食ってゐるが、 Eddie Gómez はもっと評価されていいベーシストだと思ふ。

このアルバムは、Bill Evans がエレピを彈いてゐるのも個人的には嬉しいポイント (全篇エレピなのではなく、ピアノを彈いてゐる曲もあればエレピの曲もある)。 なんですかね、エレピの、つまりフェンダー・ローズの音、好きなんですよね。 キーボードと違って、「ピアノ」の名がつく通り、 音がきちんと途切れるのがいい。 そしてあの獨特の浮遊感を持った音。 The Bill Evans Album も名盤だよなあ。

さすがに Bill Evans の最高傑作、とは云はないが、 おれが Bill Evans のアルバムで最も好きなのはこれだし、最もよく聽くのもこれだ。 このアルバムには、數多あるジャズの名盤にある痺れ、身悶えし、ひりつくやうなソロがあったりはしない。 ここにあるのはたっぷりの優雅さと理知的な空氣、そしてちょっぴりの幻想である。 でも、さういふジャズもいいものですよ。

しかし、Bill Evans のピアノに、なんとなく知性を感じてしまふのはなんなのだらうか。 おれだけかな? 眼鏡の所爲、ぢゃあないよなあ。 例へば Herbie Hancock だって眼鏡だし、Bill Evans に劣らぬ知性を持ってゐるに決まってるが、 別に Hancock のピアノには知性を感じたりしない(壓倒的にかっこいいけど)。 音樂は、まだまだわからないことだらけだ。

SYMBIOSIS

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