When the Music's Over

音樂の話とゲームの話

Oneohtrix Point Never: Garden of Delete

最も好きな樂器は何か、と問はれると答へるのは難しいが、 上位 3 つと云はれればその中の 1 つは確実にシンセサイザーだ。 シンセサイザーを 1 つの樂器と勘定するのは微妙な氣もしなくはないが、 まあギリギリ許されるラインではないか。

シンセサイザーのチャームポイントは、品の無さである。 波形を合成する(synthesize)ことによって この世に存在するあらゆる音を造ってしまはう、といふ バベルの塔にも似た傲岸不遜なコンセプトそのものが下品だが、 そんな本來の目的など知ったことではない、とばかりに ぐにゅぐにゅと垂れ流される音の小氣味よさ。

さうしたシンセサイザーの魅力に氣附いたのがいつだったかは忘れてしまったが、 氣附いてからは熱心にアナログ・シンセの入った音樂を探してゐて、 巡回先には Arbor や No Fun Productions も當然入ってゐたから、 Oneohtrix Point Never(以下、OPN)の名も、知ってはゐた。

が、Emeralds のやうな下劣なシンセを好んでゐたおれにとって、 Oneohtrix Point Never は地味でお上品な、 全く注目に値しないアーティストだった。 Mego からアルバムが出る、と知ったときも 「おー、すげえな。でも要らねーな」といふのが試聽した感想であった (今でも買ってゐない)。

Ford & Lopatin や、その前の Games 名義のものはバッチリ好みだったので (これらは出てすぐ買った)、 全く無視してゐたといふわけでもないのだが、 Games と Ford & Lopatin の中の人が同じであるといふことに 最近まで氣附かなかったほどには無關心であった (さすがに、Lopatin が OPN であることは知ってゐたが)。

しかし、2012 年に Emeralds が Just to Feel Anything といふ 駄作を發表したかと思ふと、その 2 ヶ月後には解散してしまふといふ 俄には信じ難い出來事が起こり、 唐突にシンセヒーローを喪失してしまったおれに、 新たな希望になってくれたのが、OPN だったのだ。

とはいへ、Emeralds がゐなくなってしまってすぐ OPN に注目したわけではない。 OPN に注目せざるを得ないことがあったのである。 さう、なんと Warp が、OPN と契約したのだ。

確かに、當時 OPN は名前も知られてきてゐたが、 Warp から出すほどのアーティストではないと思ってゐた。 音樂が小癪で、鼻につく感じだったからだ。 Warp すら騙されるのか、とすら思った。 あんなのは、ただの意識高い系ぢゃないか、と。

しかし、騙されてゐたのはおれだった。 Warp からリリースされた R plus Seven は、 それまでの OPN のアルバムに比べて圧倒的に華やかで、派手だった。

おれは憤った。 こんなものが作れるなら、なぜ最初から作ってくれなかったのだ、と。 Emeralds が駄作を發表したときの、解散を知ったときのあの喪失感を なぜさっさと埋めてくれなかったのだ、と。

それぐらゐ、R plus Seven は すばらしいシンセアルバムであった。 無駄にキラキラしてゐて、嘘臭く、過剰なポップ感を携へてゐた。 ぐにょぐにょ感は足りなかったが、 OPN はアナログ・シンセを多用しないからこればかりは仕方ない。

續く Garden of Delete はもっとすごかった。 これでもかといはんばかりの過激さ・下品さが暴力的に、矛盾することなく整然と美しくグロテスクにまとめられていた。 これはもう、衝撃と云へた。奇っ怪ですらあった。

特に、Sticky DramaOPN こと Daniel Lopatin が Emeralds など及びもつかぬ、 Aphex Twin に比肩しうる天才だ、とおれに確信させた。 だってこんな、これは 20 年後の Come to Daddy ぢゃあないか。 まさかそんな存在がまた出てくるなどと、想像すらしてゐなかった。 Warp の慧眼(慧耳、と云ふべきか?)には畏れ入るばかりだ。

新作の Age of は、 一周囘ってこざっぱりとまとめられすぎてゐる印象を受けた。 もはや押しも押されもせぬ賣れっ子となった OPN は、 そのあらゆる經驗から、うまくなりすぎたやうに感じる。

おれは Warp ほどに敏感な耳を持ってゐるわけではないから、 このいまいちパッとしない新作も、 今はうまく聞こえる表裝の奧に、何か隠れてゐるのだ、と期待してはゐる。 しかし、おれは下品なシンセサイザーの響きが好きなので、 もっとわざとらしく、華美で、醜怪な音樂も聽かせてほしい。 OPN なら、それぐらゐのことは輕くやってのけてくれるはずだ。